中国人による無数の暴虐事件3
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/05/29 16:08 投稿番号: [457 / 2250]
K・カール・カワカミ著 『シナ大陸の真相
1931〜1938』 (原題 Japan in China )
訳者
福井雄三
展転社
127〜129p
※
南
支
一、一九三六年一月六日、汕頭で二千人の中国人の中学生が日本に対する
戦争を要求しつつデモを行った。
二、一九三六年一月二一日、汕頭の日本領事館に所属する日本人の警官が
自宅から出勤途中、中国人に射殺された。
三、一九三六年一月、中国警察と税関警備兵が広東の三六ヶ所の中国人
事務所を襲い、日本商品を没収した。
四、一九三六年七月三日、広東の中国人商店は反日組織により、
日本商品ボイコット相互組合に加入することを余儀なくされた。
五、一九三六年九月六日、汕頭でもう一つの反日デモが行われ、
日本人経営の商店で働く中国人に退職を余儀なくさせた。
六、一九三六年九月三日、広東省バクホイで中野という名前の日本人薬局経営者
(薬剤師) が、一九路軍の中国人兵士によって惨殺された。
暴徒が薬局を急襲した時、中野の家族は夕食を食べていた。中野は
街路に引きずり出され、そこで蹴られ、殴られ、そして殺された。
その間、彼の中国人の妻は筆舌に尽くしがたい程の虐待を受けた。
店は完全に略奪された。
広東の日本領事館員が調査のため汽船でバクホイに赴いたが、
一九路軍は力ずくで彼らの上陸を妨げた。
彼らはいったん広東へ戻らねばならず、そこで二〇日間待たされたあげく、
ようやくバクホイに入ることを許された。
七、一九三七年三月、広西省当局は反日感情を煽り立てるためのただそれだけの
理由で、全ての日本人を広西省から追放した。
八、一九三七年五月二二日、汕頭の日本領事館に勤務する警官が
中国警察に滅多打ちにされた。
このリストは、南京政府が十年間に渡って資金を援助し、煽動してきた反日宣伝活動が、
蒋介石自身が予期したよりもはるかに決定的な効果を及ぼしたことを示している。
*
このように、中国人は自分達の満洲侵略行為を棚に揚げ、
それを正された事を逆恨みして、暴虐の限りをつくしていたのです。
*
一方、中国政府も取り返された満洲を再侵略すべく、
あの手この手を使って満洲侵攻を試みていました。
これは メッセージ 456 (kireigotowadame さん)への返信です.
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