ヒューゲッセン英大使銃撃事件2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/06/06 17:39 投稿番号: [45 / 2250]
海軍が認めないのに、外務省が勝手に謝罪の回答を出すことはできません。
英国の対日感情は悪化していますから、外務省としては困ってしまいました。
外務省が海軍を説得したのでしょう。
( 北博昭著 『 日中開戦 』106p ) には
堀内謙介外務次官の尽力で海軍側も譲歩し、海軍次官山本中将が遺憾の意を表わすにいたる。
そして九月二十一日、この遺憾の意を記した日本政府の最終回答が広田外務大臣からクレーギ一大使に出された。
・・・
「調査の結果、ヒューゲッセン大使が負傷したのと同じ地点で同じ時刻に、
海軍機二機が中国軍将兵を輸送中と確信される自動車を銃爆撃したことがわかった。
銃爆撃は、大使の自動車を中国軍の自動車と誤認しての行為だったかもしれない。
故意ではないが攻撃は海軍機の 『 行為に因りたるやも計り難き次第なるに鑑み 』、
日本政府はイギリス政府に深い遺憾の意を表する。」
これで英国は満足し、問題は解決しました。
しかし、なぜ海軍はこうまで頑強に認めなかったのでしょうか。
( 北博昭著 『 日中開戦 』107p )には
海軍省法務局はイギリスに謝罪しなくてもよいと、その理由を国際法の立作太郎の見解に基づき
「 戦闘地域にはいった者が、戦闘の間接の損害を受けるのはしかたがない 」
風な ( これは私の意訳で原文は長い ) ことをのべたようであり
(同上104p)
松本重治氏は 「 当時、蒋介石が前線を視察するという情報があり、
中華民国の青天白日旗とイギリスの国旗は、遠くから見ると、ちょっと似ているので、
海軍機が誤って爆撃を加え、機銃掃射したわけです 」 (『昭和史への一証言』)
と言っています
つまり、こういう弁解の口実があったのですから、「 間違えた 」 と言えば済んだのです。
しかし、頑として認めませんでした。
もしかしたら、海軍は本当にやっていなかったのではないでしょうか?
海軍機は当日、確かに太倉は空襲しています、しかし、大使の襲撃された場所は太倉よりはるかに西なのです。
当時、日本海軍は陸上に飛行場をもっていませんから、東シナ海の空母から発進していました。
燃料に限りがある為、命令外の地域に勝手に飛んでいって攻撃することは考えられません。
それに、それは軍法会議ものです。
このことについて、『 将軍の真実 南京事件 松井石根人物伝 』 を書かれた早瀬利之氏は53〜54pで
《 この日、海軍の飛行機は飛んでいなかった ( ?その場所にはという意味か )。
松井は参謀たちを通じて調査をした結果、日本軍の飛行機ではないことが判明する。
その意味では、むしろ南京にいるイギリス大使館筋か、または南京政府の方が、
情報をつかんでいたのではないか。イギリス大使館に勤めている中国人か、
または国民政府がもぐらせていた中国人が、イギリス大使の行動を知っていて、
偽装日本軍機に着手させた、と見るのが自然である。
襲った飛行機は、松井も海軍も、日本軍機というより、中国軍機であろうと判断している。
日本政府は9月21日、外交折衝により解決することになるが、
和平の機会を崩したくない配慮から一歩下がったふしがある。 》
と書いています。
つづく
英国の対日感情は悪化していますから、外務省としては困ってしまいました。
外務省が海軍を説得したのでしょう。
( 北博昭著 『 日中開戦 』106p ) には
堀内謙介外務次官の尽力で海軍側も譲歩し、海軍次官山本中将が遺憾の意を表わすにいたる。
そして九月二十一日、この遺憾の意を記した日本政府の最終回答が広田外務大臣からクレーギ一大使に出された。
・・・
「調査の結果、ヒューゲッセン大使が負傷したのと同じ地点で同じ時刻に、
海軍機二機が中国軍将兵を輸送中と確信される自動車を銃爆撃したことがわかった。
銃爆撃は、大使の自動車を中国軍の自動車と誤認しての行為だったかもしれない。
故意ではないが攻撃は海軍機の 『 行為に因りたるやも計り難き次第なるに鑑み 』、
日本政府はイギリス政府に深い遺憾の意を表する。」
これで英国は満足し、問題は解決しました。
しかし、なぜ海軍はこうまで頑強に認めなかったのでしょうか。
( 北博昭著 『 日中開戦 』107p )には
海軍省法務局はイギリスに謝罪しなくてもよいと、その理由を国際法の立作太郎の見解に基づき
「 戦闘地域にはいった者が、戦闘の間接の損害を受けるのはしかたがない 」
風な ( これは私の意訳で原文は長い ) ことをのべたようであり
(同上104p)
松本重治氏は 「 当時、蒋介石が前線を視察するという情報があり、
中華民国の青天白日旗とイギリスの国旗は、遠くから見ると、ちょっと似ているので、
海軍機が誤って爆撃を加え、機銃掃射したわけです 」 (『昭和史への一証言』)
と言っています
つまり、こういう弁解の口実があったのですから、「 間違えた 」 と言えば済んだのです。
しかし、頑として認めませんでした。
もしかしたら、海軍は本当にやっていなかったのではないでしょうか?
海軍機は当日、確かに太倉は空襲しています、しかし、大使の襲撃された場所は太倉よりはるかに西なのです。
当時、日本海軍は陸上に飛行場をもっていませんから、東シナ海の空母から発進していました。
燃料に限りがある為、命令外の地域に勝手に飛んでいって攻撃することは考えられません。
それに、それは軍法会議ものです。
このことについて、『 将軍の真実 南京事件 松井石根人物伝 』 を書かれた早瀬利之氏は53〜54pで
《 この日、海軍の飛行機は飛んでいなかった ( ?その場所にはという意味か )。
松井は参謀たちを通じて調査をした結果、日本軍の飛行機ではないことが判明する。
その意味では、むしろ南京にいるイギリス大使館筋か、または南京政府の方が、
情報をつかんでいたのではないか。イギリス大使館に勤めている中国人か、
または国民政府がもぐらせていた中国人が、イギリス大使の行動を知っていて、
偽装日本軍機に着手させた、と見るのが自然である。
襲った飛行機は、松井も海軍も、日本軍機というより、中国軍機であろうと判断している。
日本政府は9月21日、外交折衝により解決することになるが、
和平の機会を崩したくない配慮から一歩下がったふしがある。 》
と書いています。
つづく
これは メッセージ 44 (kireigotowadame さん)への返信です.