入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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満洲に於ける中国の日本人迫害4

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/04/13 18:36 投稿番号: [404 / 2250]
万宝山事件
ここで紹介する被迫害者は朝鮮人ですが彼らも当時は日本人でした。

臼井勝美著 『満洲事変   戦争と外交と』 中公新書
27〜28p

《東北官憲の朝鮮人農民への圧迫が峻烈をきわめたため、
敦化その他から満鉄沿線の長春に避難してきた朝鮮人農民が、

長春の西北方約二十キロの万宝山付近の荒地に入植しようとしたことが、
いわゆる万宝山事件の端緒となった。

長春駐在の田代 (重徳) 領事は、四月七日中国人地主カク永徳と
朝鮮人間に十年の借地契約が成立したことを幣原外相に報告した。

田代は、この契約は長春県長の承認を経ており、もし経営が良好で朝鮮人村落が
建設されれば、朝鮮人小作農民にとって福音であると、計画を奨励する意向であった。


長春の朝鮮人たちは、五月初め、四三戸、二一〇名が現地に移住し、
長春県第三区の万宝山一帯の民房を借りて居住しはじめた。

そして彼らはまず、付近の伊通川からの水路を築こうとして、
それに反対する中国人農民と衝突し、以後、事態はしだいに重大化した。

長春県側は、六月一日、二〇〇名の巡警、騎馬隊を現地に派遣し、
朝鮮人農民に水路工事の中止を勧告し、日本領事館も警部一名、

巡査五名を派遣し、両国の警官が対峙するにいたった。


29p
七月一日、約四百名の鋤や鍬をもった中国人農民が実力で水路破壊に着手したため、
朝鮮人農民は作業を中止するのやむなきにいたった。

翌二日朝も、中国人農民約五百名は、銃約二十、拳銃約十を携行して水路を
破壊しつづけ、日本警官隊約二十五名とついに銃火を交えるにいたったが、

幸い双方に死傷者は出なかった。

万宝山で朝鮮人農民が中国人により襲撃され、死傷者も出たという誤報が
『朝鮮日報』 などの号外で配布されたため、

朝鮮各地で在留中国人への復讐が暴動にまで発展し、重大な事態となった。

排華暴動が最初に起こったのは仁川であるが、京城、元山、新義州などでも
つづいて暴動が発生し、朝鮮人群集は中国人商店を大挙襲撃、破壊した。

もっとも苛烈で凄惨をきわめたのは、平壌の大暴動であった。

児玉 (秀雄) 政務総監は、外務省へ 「五日夜午後九時、平壌において数千の朝鮮人群集
とつじょ支那街を襲い、本日午前三時にわたりて狂暴の限りをつくし」 と、第一報を送った。


30p
午後七時ごろから中国街一帯は騒然となり、数千の群集が手に手に棍棒、
刀斧、石塊をもち、華僑の家屋を手あたりしだい襲撃、

破壊したのみならず、中国人に対し殴打、暴行を加えた。

襲撃は翌朝まで何回も繰り返され、中国人死者は一〇〇人を超え、生死不明者六三人、
負傷者も一六〇人に達し、数百戸の中国人家屋、財産はほとんど灰燼に帰した。

出動した日本警官は武装していなかったので、群集を制禦することはまったくできず、
暴動を傍観するのみであった。

朝鮮で多数の中国人が悲惨な迫害を受けたことに対し、
中国各地で反日気運が一挙にたかまった。

国民党中央執行委員会宣伝部は、朝鮮の暴動は日本が朝鮮人を使嗾 (しそう) し
煽動して起こしたという見解をとった。


*   「日本が朝鮮人を使嗾し」    中国は民衆を使嗾し煽動して日本人を襲撃
   させているから、日本も同じ事をやるという発想になるのでしょう。

   こういう、中国の朝鮮人差別から、朝鮮人の中に 「日本名を名のらせてくれ」 と
   いう要求がたかまり、創氏改名へとつながっていきます。
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