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満洲に於ける中国の日本人迫害3

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/04/12 18:41 投稿番号: [403 / 2250]
臼井勝美著 『満洲事変   戦争と外交と』 中公新書

11〜12p
《東北交通委員会は、日本の東北における権益の中核である南満州鉄道を
中国鉄道で包囲し、その機能を麻痺させる計画をたてていた。

すなわち満鉄をはさむ東西の二大幹線をつくり、これを北寧線 (北平−洛陽) に
集中し、新たに良港を築いて連絡すれば、単に満鉄の死命を御し得るのみでなく、

ソビエトの権益鉄道である東支鉄道にも重大な脅威を与え得るという構想である。
その所要資金は官民合弁でつくり、なお不足のときは、

鉄道が外国に支配されないよう相当の条件を付したうえ、外国資本を
受け入れることとし、特にアメリカ、ドイツの資本を歓迎する建前をとった。


すでに七月から錦州の南コロ島で
ドイツ資本による大規模な港湾建設工事が始まっていた。

東北交通委員会が構想している二大幹線が完成すると、南北満州の重要地点から
中国鉄道を経由してのコロ島への距離は、満鉄を利用して大連に行く場合と

比較して著しく短縮されるので、将来物資の集散上、中国鉄道が有利となり、
満鉄への脅威が深刻になることは充分予測された。

このように中国鉄道による満鉄包囲網が着々と計画されつつあった。》


19 p
《一九三一年二月中旬、国民党の中央執行委員呉鉄城と、中央監察委員張継は
南京を出発、呉鉄城は東北四省、・・・の党務視察、指導のため現地に赴いた。

・・・
呉鉄城は、二月二十日、奉天に着き、ただちに党部の開設に着手した。

呉は、まず奉天、吉林、チチハル、熱河に省党部を設け、ついで東北四省の
重要都市に市党部を置き、漸次県党部以下を組織》


20 p
《三月二十六日、瀋陽(奉天)の遼寧党部で、呉鉄城、張継をはじめ張学良副司令
などが出席して、党務指導員の宣誓就職、省党部成立式が行なわれた。

この日、飛行機五機が党部上空を飛翔して典礼を祝し、多数の宣伝文を撒布した。

以後、四月二日吉林、六日ハルビン、十日チチハルと、次々に呉鉄城は
党部を成立させ、国民党の政策を鼓吹し、ときには排日演説を行なった。

各地民衆の対外意識、特に対日意識が国民党部の活動により
昂揚をみたことは否定できなかった。

たとえば五月初旬のチチハル党部の活動状況をみてみると、
五月二日、陳某が全市中等学校生徒を集め、日本と東北問題に関し演説、


五月三日、約数百名が党部大礼堂に集合、五・三惨案記念式を挙行
(五・三惨案は、日本軍が一九二八年に起こした済南事件である)、

五月五日、この日は国民会議開催当日なので各機関、学校は休業し、
各戸は一斉に国旗を掲げて慶祝、生徒および民衆二万人がデモ、

五月九日、国恥記念日につき各機関、学校は休業、各戸は一斉に弔旗を掲げ、
娯楽、宴会を停止

(この国恥記念日は日本の二十一箇条要求を最後通牒によって受諾した日)、
というような状況であった (六月八日、清水八百一チチハル領事 → 幣原外相)。

東北大学その他学界、言論界の代表を網羅して結成された国民外交協会も
しばしば大会を開き、鉄道交渉について東三省当局を激励、

各新聞もこれに呼応し、民衆の反日意識は確実にたかまってきた。》


*   (五・三惨案は、日本軍が一九二八年に起こした済南事件である)
   と臼井氏は書いているが、彼は中国の嘘に騙されている。

   済南事件は中国軍が起こしたもの。

   中国は自分達の加害行為を被害者の日本になすりつけ、
   まるで自分達が被害者であるかの如くすり替えている。
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