国共内戦における中国の暴虐3
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/04/06 18:42 投稿番号: [396 / 2250]
児島襄著 『日中戦争2』 文春文庫
41〜44p
《ビラには、そういったこんごの行動や政策を示唆する標語が書かれ、
署名者は次のようになっていた。
「紅軍第五軍農工革命委員会主席彭徳懐、常務委員訒乾元、
同李燦 (りさん)。暴動委員会」
放火、掠奪はなおもつづき、市内に人影は少なかった。
糟谷領事は、聞知した情報にもとづき、この日の市街の状況を次のように報告している。
「朝来、引続キ 主ナル官署 其ノ他ノ焼払ヒヲ 断行シ、数個所ヨリ黒煙濠々 (もうもう)
トシテ天ニ沖 (ちゅう) スル様 (さま) 物凄ク、民家ハ赤旗ヲ掲ゲ 普通商家ハ
門戸ヲ開キタルモ、通行人ハ労働者風ノ者ノミニテ、市内寂莫 (せきばく) ヲ極ム」
学校、医院、商店は、ほぼしらみつぶしに掠奪の対象になり、
総商会は、献金による掠奪防止を考えた。
だが、「紅軍」 側の要求は二百万元。総商会は必死の値下げ交渉で
「七十万元」 に値切り、手付金 「四万元」 を支払って掠奪放火の中止を要請した。
だが、「紅軍」 側の回答は、相変らずの〝暴行〟の継続と 「革命裁判」 の実施であった。
革命裁判所は、労働組合本部の中に開設され、「労働組合連合」「豊民同盟」
「紅軍」 の中から裁判官がえらばれた。
地主、商人、役人、国民党員など三百人が裁判され、うち三十五人が
「積極的反革命分子」として処刑された、と記者スメドレーは、つたえる。
商人の罪状の多くは、食糧、商品を隠匿して 「紅軍」 の供出命令に
したがわなかったため、であった。
記者スメドレーによれば、ある地主は、「眼鏡をかけている者、ロヒゲをはやして
いる者、長い着物をきている者は殺される」 というデマを流したので射殺された、という。
だが、実際には、この地主の発言は、デマとはいいきれなかった。
市内には、約三百人の 「黒殺隊」(暗殺隊) なる一団がうろつき、
これはという 「反革命分子」 の〝処理〟を担任していたが、
対象になるのは地主が指摘する風姿の者が多かったからである。
七月二十九日 ―
・・・
この日は、まず国民党員五人が、放火の罪で銃殺され、
・・・
長沙ソヴィエト政府の樹立にかんする宣言が発表された。
そのソヴィエト政府は、全人民のものであり、すべての銀行、交通、通信機関、
会社、外国の公共施設、軍閥・地主の財産もソヴィエト政府のものになる……。
群集は、歓呼した。
あるいは、この宣言を、すべてはソヴィエトのもの、ソヴィエトは自分たちのもの、
ゆえになんでも自分たちのもの、と誤解したのかもしれない。
午前九時ごろ、それまで襲われなかった日本領事館に 「多数ノ暴徒」 が乱入して、
器物をうばったのち、領事公邸に放火して焼きはらった。
領事館事務所は焼かれなかったが、その掠奪ぶりは徹底していた。
「門扉窓枠ニ至ル迄破壊掠奪セラレ、一物ヲ留メズ」
と、糟谷領事も報告するが、外国人宅の物はすべて「 金目 (かねめ)」
と思うのか、床板もはぎとっていった。
外交公館の施設の中で、暗号通信を扱う電信室はとくに重要な存在であるが、
暴徒の乱入が突然であったため、無電機は送信機だけを搬出できた。
しかし、暴徒は、掠奪をきそい、設備と機械を文字どおりにバラバラにして持ち去り、
機械として利用される可能性は失われたと判断され、領事たちを安堵させた。》
つづく
41〜44p
《ビラには、そういったこんごの行動や政策を示唆する標語が書かれ、
署名者は次のようになっていた。
「紅軍第五軍農工革命委員会主席彭徳懐、常務委員訒乾元、
同李燦 (りさん)。暴動委員会」
放火、掠奪はなおもつづき、市内に人影は少なかった。
糟谷領事は、聞知した情報にもとづき、この日の市街の状況を次のように報告している。
「朝来、引続キ 主ナル官署 其ノ他ノ焼払ヒヲ 断行シ、数個所ヨリ黒煙濠々 (もうもう)
トシテ天ニ沖 (ちゅう) スル様 (さま) 物凄ク、民家ハ赤旗ヲ掲ゲ 普通商家ハ
門戸ヲ開キタルモ、通行人ハ労働者風ノ者ノミニテ、市内寂莫 (せきばく) ヲ極ム」
学校、医院、商店は、ほぼしらみつぶしに掠奪の対象になり、
総商会は、献金による掠奪防止を考えた。
だが、「紅軍」 側の要求は二百万元。総商会は必死の値下げ交渉で
「七十万元」 に値切り、手付金 「四万元」 を支払って掠奪放火の中止を要請した。
だが、「紅軍」 側の回答は、相変らずの〝暴行〟の継続と 「革命裁判」 の実施であった。
革命裁判所は、労働組合本部の中に開設され、「労働組合連合」「豊民同盟」
「紅軍」 の中から裁判官がえらばれた。
地主、商人、役人、国民党員など三百人が裁判され、うち三十五人が
「積極的反革命分子」として処刑された、と記者スメドレーは、つたえる。
商人の罪状の多くは、食糧、商品を隠匿して 「紅軍」 の供出命令に
したがわなかったため、であった。
記者スメドレーによれば、ある地主は、「眼鏡をかけている者、ロヒゲをはやして
いる者、長い着物をきている者は殺される」 というデマを流したので射殺された、という。
だが、実際には、この地主の発言は、デマとはいいきれなかった。
市内には、約三百人の 「黒殺隊」(暗殺隊) なる一団がうろつき、
これはという 「反革命分子」 の〝処理〟を担任していたが、
対象になるのは地主が指摘する風姿の者が多かったからである。
七月二十九日 ―
・・・
この日は、まず国民党員五人が、放火の罪で銃殺され、
・・・
長沙ソヴィエト政府の樹立にかんする宣言が発表された。
そのソヴィエト政府は、全人民のものであり、すべての銀行、交通、通信機関、
会社、外国の公共施設、軍閥・地主の財産もソヴィエト政府のものになる……。
群集は、歓呼した。
あるいは、この宣言を、すべてはソヴィエトのもの、ソヴィエトは自分たちのもの、
ゆえになんでも自分たちのもの、と誤解したのかもしれない。
午前九時ごろ、それまで襲われなかった日本領事館に 「多数ノ暴徒」 が乱入して、
器物をうばったのち、領事公邸に放火して焼きはらった。
領事館事務所は焼かれなかったが、その掠奪ぶりは徹底していた。
「門扉窓枠ニ至ル迄破壊掠奪セラレ、一物ヲ留メズ」
と、糟谷領事も報告するが、外国人宅の物はすべて「 金目 (かねめ)」
と思うのか、床板もはぎとっていった。
外交公館の施設の中で、暗号通信を扱う電信室はとくに重要な存在であるが、
暴徒の乱入が突然であったため、無電機は送信機だけを搬出できた。
しかし、暴徒は、掠奪をきそい、設備と機械を文字どおりにバラバラにして持ち去り、
機械として利用される可能性は失われたと判断され、領事たちを安堵させた。》
つづく
これは メッセージ 395 (kireigotowadame さん)への返信です.