入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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第一次南京事件8 漢口9

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/03/25 18:47 投稿番号: [385 / 2250]
『もう一つの南京事件・日本人遭難者の記録』 田中秀雄編集・解説   芙蓉書房
95〜96p

  捕われた人々

《最後に特筆大書して記念すべき事柄がある。事変勃発当日、暴徒のために拉致せられ、
一時はその生死をさえ懸念された者に水兵十一名と、石井小兵衛

(同仁会病院) 石田倉之 (三井木行) 杉田悌蔵、服部又次郎など数氏があった。

これらは皆群衆のために包囲され散々に殴られ、こづかれした上で、
手取り足取り引きずり行かれたもので、皆フランス租界外の総工会本部に監禁された。

四月十一日海軍省着電によれば左の通り報告されてある。


水兵六名ハ 事件ヲ知ラズ   又 飲食店ニアリシ者ニシテ   散々殴打サレタル上、

総工会ニ監禁サル。 唐生智四日朝之ヲ聞キテ   直 (ただち) ニ 軍隊ヲ派シテ

之ヲ引取ル。総工会之ニ対シ、日本側ニ 有利ナル条件ヲ 容レシムル人質ナレバ、

此儘 (このまま) 返サバ 承知セズト云ヘリ。

唐ハ之ヲ日本側ニ 送ラントセシモ糾察隊、衛戍 (えいじゅ) 司令部ヲ

監視シテ渡サズ、軍隊ト糾察隊衝突セバ 途中負傷者生ズべク、

完全ニ送還方 総領事ト協議、七日夜漸ク取戻シヲ   ナスヲ得タリ。


或いは人質だと称し、或いは軍憲の命令にも反抗する、これではまったくの土匪である。
石井氏ら数名は領事館より支那側に厳談の結果、ようやく四日夜十二時に釈放されて

帰ってきたが、監禁中は足と足を麻縄または鉄鎖でつなぎ合わせ、まったく
囚人同様の取り扱いを為せる上、時々青龍刀を鼻の先に突き付けては散々に愚弄した。

殊に我水兵に対しては極度の暴虐を加えた。総工会に監禁中は石井氏ら同様の迫害を
受けたのはもちろん、その当初は帽子も所持品も奪い去られ、兵服のままで

後ろ手に縛り上げ、群衆悪罵の中を総工会に曳 (ひ) かれたとも伝えられている。
しかして当時の支那新聞にはこれらを指して 『捕虜』 と書いてあった。


ああ、幾多の我同胞は、千里の異域においてこうした暴虐に苛まれ、こ
うした侮辱にさらされているのだ。》


*   この他にも、『もう一つの南京事件』には、重慶・宜昌・長沙・蕪湖・鎮江
   ・九江・杭州などでの事件の記述もありましたが省略します。


*   日本人というのは、どうして歴史に学ばないんでしょうか。

   戦前はともかく、戦後、どれだけの日本企業が酷い目に遭ったか。
   団塊世代の社長なら知っているでしょうに。

   善人ぶって中国を美化し、何度、酷い目に遭っても、
   中国に進出する企業が後を絶ちません。

   進出しても、儲ければ「我々の財産を奪った」などと言いがかりをつけられ、
   襲撃されて、技術を奪われ、放り出されるだけなのに。


*   次からは翌年の済南に於ける中国軍の暴虐を紹介します。
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