入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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第一次南京事件8 漢口7

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/03/23 18:43 投稿番号: [383 / 2250]
『もう一つの南京事件・日本人遭難者の記録』 田中秀雄編集・解説   芙蓉書房
91〜92p


《厄介なやつに見舞われたと思うたが仕方がない。

そのうちに何だかそわそわして外に出てみたり、また戸を閉めたりしていたが
しばらくすると大分人も減ったようで安心と思うからお暇すると言う。

そして酒手一ドルをくれと切り出した。気味悪いほど軽少だが増してやる必要もなし、
その通り出してやると店内を見返り見返り出て行った。


前後の事情が大分気になりだしたのでまた日本租界に電話したら、
今度は既に不通で日本租界の様子はサッパリ分らなくなった。

外は相変わらず騒々しい。
それで表戸をあけるのは危険なので二階の戸のシャッターをあけて覗くと、

路上に立佇った群衆が皆店の方に向っていて、自分がシャッターをあけたのを
気づいたのか、二階を見上げて何か言うている。

なんとなしに危険が予感されたので書類、帳簿、金庫などを一まとめにして
二階に持ち運びおき、しばらくして外を覗くと大分人も減っている。

それが午後の五時半頃であった。


今のうちに夕飯にしようと言うので三十分くらいで済まし、店に出て腰を下ろすと
店の入口の上のガラス戸に大きな煉瓦の破片が飛んできた。

続けざまに二三個ぶつかったと思うまもなく戸外に喊声が上がり、
正面の戸を打 (たた) き破る音がする。

いよいよ危険が切迫したので、足の不自由な妻女をボーイに背負わせ、
友人を先頭に裏門口から飛び出し、近くのフランス警察署に駆け込んだ。

後から十四五人が追跡したようであったが、フランス警察の巡査が追っ払ってくれた。
落ち着いて見ると、これも競馬場帰りに群衆に追い掛けられた日本人三人が避難している。

そのうちに署長が応接に出て来たので、
店の方の手配をしてくれるかと思うていると何の沙汰もないようだ。


様子を見るとむしろ支那の群衆が日本人取り戻しに
押し寄せしないかを恐れているようであった。

それかあらぬか皆を招じて奥の部屋に入れ、仏租界内在住の日本人数を
問い糾しなどしたが、まもなく巡警が三々五々在留民を連れ出してくる。

夜になって五十余名の多数が集まった。
皆急場なためにバスケット一つくらいしか持ち出せない。

その間にフランス領事も出て来て、
各室から椅子を集めさせたり茶を勧めたりしてすこぶる親切に取扱ってくれた。

自分は店が気がかりなのでボーイをして探見さしたら、
暴徒が店内に押し寄せて掠奪最中とのことなのでいよいよ引揚げに決心した。


フランス警察から日本領事館に電話で交渉の結果、
小蒸気船で救出に行くという返事だったがなかなか来ない。

再三電話してみてもだめだ。皆憤慨するがどうにもならない。
そのうちに幾度目かの電話でようやく利泰碼頭に汽船を廻したことが分った。

そこでフランス領事の意見で、多数の日本海兵に来られては面倒を惹起す恐れあるから、
安南人の巡査で護送すると言うので二十人余りで前後を護衛し江岸まで送られた。

その頃はあいにく烈風で小蒸気船がうまくハルクに着かないので、
皆非常の危険を目しようやく乗り移ったのが夜の十一時半であった。

江岸までの途中では夜遅いのではありほとんど妨害者もなかったが、
皆が船に乗り込んだ前後に埠頭の支那人から酒手を強請された。

こうしてまずまず無事で五十幾名は大福丸に収容された。(湯浅九三二氏談)》


つづく
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