入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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第一次南京事件6蘇州1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/03/11 18:43 投稿番号: [371 / 2250]
『もう一つの南京事件・日本人遭難者の記録』 田中秀雄編集・解説   芙蓉書房
54〜56p


革命軍の入城   (註:革命軍とは国民党軍の事)
風光明媚、描けるような江南の天地にも戦禍を免れなかった。

三月二十日前後には既に蘇州の郊外近く押し寄せた国民革命軍は、
同二十二日には早くも威風堂々城内に入った。

同地在留邦人では南北の勝敗はともかく、いずれか敗残兵の掠奪暴行は免れまいとの
想念から領事館に避難せる者もあり、互いに徹夜して警戒した晩もあった。


革命軍の入城はこれらに一安心を与えた。
一体同地では北軍よりもむしろ南軍の歓迎に傾いていた。

と言うのは革命軍側の早くからの宣伝によるのはもちろんであるが、
とにかく革命軍の入城は蘇州官民によって歓呼して迎えられた。

在留邦人においても支那側のそれほどではないが、とにかく戦禍から早く免れ得た、
すなわち掠奪暴行などの災厄を免れ得たという喜びはあった。


しかもそれは見事に裏切られた。
もとより常勝軍の余威は手早く戦局を収拾し得たるために、

甚だしき戦争の惨禍からは免れ得たが、しかし酬いられたものは、
より以上に乱暴な、より以上に深刻なものであった。

それはすなわち革命軍の労働者使嗾 (しそう) である。
蘇州の人心が動揺し、労働者の気勢が邦人の目にも留まるようにおかしくなったのは、

さかのぼって言えば革命軍が杭州から北上し呉江に達した頃、
すなわち三月十二三日頃からである。


それが革命軍の入城によって急速に具体化し、入城二日目の二十四日には、
総工会の名義で日本人工場に乱暴な条件が持ち込まれた。

双方が押し問答している間に、職工側の言い分はますます募る。
工場内では彼処に一団、此処に一団と構えて示威的気勢を示す。

二十九日には革命軍の戦役烈士紀念日と称し、各工場の職工全部が参加し楽隊を
先頭に大旆 (おおはた) をかざし、邦人工場にも押し寄せた。

邦人側では、やはり隠忍していたので何事も起らなかったが、
しかし四囲の形勢は日にますます不穏を増すのみなので、

まず婦人子供だけでも避難させようということになり、上海から廻してもらった
小蒸気船で三十一日に五十二名が引揚げ、次いで四月五日に二十二名が避難した。


つづく
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