入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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鉄壁の布陣で待ち構える中国軍

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/05/31 18:09 投稿番号: [37 / 2250]
陸軍は何とか上陸はしましたが、非常に苦戦します。
敵は鉄壁の布陣で待ち構えていたからです。


『将軍の真実   南京事件   松井石根人物伝』早瀬利之著には
54pに
この両師団の上陸は、ドイツ軍事顧問の指導で構築された中国軍のトーチカからの抵抗に苦戦した

中国軍側の配備は、上海北側地区に三十万、浦東に二万、上海西部地区に十万、北翼羅店鎮に十八万の最精鋭中国軍が、トーチカなどで陣地を造っていた(55p)

馮玉祥総指揮の下に、張治中の十万、のちに台湾の国民党の台湾主席となる陳誠が指揮する十八万、張発奎指揮の二万と判明する。

  空軍の飛行機はほとんどがソ連製の飛行機だった。トーチカなどに構築された高射砲はドイツ製。
機関銃はチェコ。それにアメリカ製のカービン銃が見つかる。(57p)

第十一師団の長勇参謀が旗艦「由良」に帰ったさい、羅店鎮の正面に中国軍は約二万人、
さらに嘉定方面より増援があり、近々、第十一師団に反撃してくる姿勢がうかがえると報告がある。
・・・
中国軍は呉淞砲台、商船学校付近から西方の大金家村付近に及ぶ線を守っている。
指揮官は陳誠で、兵の数約十五、六師団であることが判明する。

日本軍の一師団と、ドイツ顧問団に指導された十五、六師団との睨み合いである。(58p)


とあります。
  とんでもない大軍と堅固なトーチカ、優れた外国製の武器が待ち構えていたのです。
これにたった二個師団で太刀打ちできるはずがありません。

  かつ敵は地の利を活かしています。


  十一師団が上陸した辺りの稲の中には身を伏せて待ち伏せし、日本軍を狙撃したり、
また飛行機に連絡するなど、訓練された中国兵に苦戦する。

軍の参謀、下坂正男歩兵中佐が狙撃されたのは、稲の中からの中国軍による。
このときの十一師団の損害は、二十三、二十四日の二日間だけで、下坂参謀以下戦死十五名、負傷兵五十余名に及ぶ。(55p)

難敵は縦横に走るクリーク(川)である。橋は落とされていて、日本軍は前進できずにいる。(60p)


とあるのです。しかし敵は前だけではありません。後ろにもいました。


松井は、少なくとも五師団は必要と思い、第三艦隊長官と川越大使に通報(58p)

9月10日の朝、参謀本部からの電報が届いた。その電報は松井をびっくりさせるものだった。

電文は「新たに第九、第十三、第百一師団を一時的に増加するが、十月までに二師団だけ残し、
他の主力を北方に転用する予定」という内容のものである。

この朝の松井の無念さが、日記の行間に読みとれる。
「遅くも十月末までに二師団(うち一つは特設師団)だけ残し、主力を北方に転用する予定なりと知り吃驚せり。

かくのごとくして軍の攻撃ははなはだ不徹底となり、敵軍攻撃の半途にしてこれを打ち切り、
上海北方に小さく二コ師団をもって防守せんなどはとうてい上海確保、人民安護の所以(ゆえん) にあらず。

かつ皇軍の威信を傷つくること絶大なりと考えられ、憂慮に禁ぜず。」
(61〜62p)


兵隊をほとんど増やさず、増やしても一時的で、すぐよそに回すというのです。

  石原参謀本部第一部長は、ソ連が参戦してきたら困るから、その防備に必要
という考えで、対中国戦は、あまり重要視していなかったのです。

こんな状態で、中国侵略などと言われるのですから、困ったものです。
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