入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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夏淑琴事件1 マギーの説明文

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/02/04 18:34 投稿番号: [334 / 2250]
東中野修道著 『南京大虐殺の徹底検証』 240〜242p

この事件にかんするマギーのもう一つの記録が、ドイツ大使館のローゼンの手にも渡った。
各種の 「事件」 にかんするマギーの説明文 (英文七枚) と、

マギー自身の撮影になるフィルム四本とを、本国外務省へ送付するよう、
ローゼンは南京から上海のドイツ大使館に依頼している。

それは (マギーが八歳の少女を発見した一月二十九日から約十日後の)
昭和十三年二月十日のことであった。

そこで右の 「事件」 にかんするマギーの説明文を、
南京ドイツ大使館公文書綴 「日支紛争」 から全訳する


《十二月十三日、約三十人の兵士が南京の東南部の新路口五のシナ人の家にきて、
中に入れるよう要求した。

玄関を、マアという名のイスラム教徒の家主が開けた。すると、
ただちに彼らはマアを拳銃で殺した上、もう誰も殺さないでと、

マアの死体に脆 (ひざまづ) いて頼むシアさん Mr. Hsia をも殺した。
なぜ夫を殺したのかとマアの妻が尋ねると、彼らはマアの妻をも殺した。


シアの妻は一歳の赤ん坊と客間のテーブルの下に隠れていたが、
そこから引きずり出された。

そして、一人かもっと多くの男たちから裸にされ、強姦された後、
銃剣で胸を刺されて殺された。

その上、陰部に茎を突っ込まれ、赤子も銃剣で殺された。


それから、何人かの兵士が隣の部屋へと行った。

そこには、シアの妻の七十六歳と七十四歳になる両親、
それに十六歳と十四歳になるシアの娘がいた。

この娘たちを彼らが強姦しようとしたその時、阻母が娘を守ろうとして拳銃で殺された。
祖父が妻の体をつかむと、祖父も殺された。

それから、二人の少女が裸にされた。
上の少女は二、三人に強姦され、下の少女は三人に強姦された。

その後、上の少女は刺されて陰部に茎を詰め込まれた。
下の少女も銃剣で突き殺されたが、母や姉の受けたぞっとするような扱いは免れた。


それから、兵士たちはもう一人の七、八歳になる妹も銃剣で突き殺した。
同じくその部屋にいたからである。

この家の最後の殺人は四歳と二歳になるマアの二人の子供 children
(筆者註・性別不明)の殺人であった。

上の子は銃剣で突き殺され、下の子は刀で真二つに斬られた。

その八歳の少女 the 8-year old girl は傷を負った後、
母の死体のある隣の部屋に這 (は) って行った。


無傷で逃げおおせた四歳の妹 her 4-year old sister と一緒に、
この子はここに十四日間居残った。

この二人の子供はふかした米を食べて生きた。

写真撮影者の私が、この話の一部を得ることができたのは、
上の八歳の少女からで、詳細は一人の隣人 a neighbor と一人の親戚

a relative から語ってもらって、確認と訂正ができた。

兵士たち the soldiers は毎日この家に物を取るためやって来たが、
二人は古い敷布の下に隠れていたので発見されなかったと、この人歳の少女は語った。


このような恐ろしいことが起こり始めた時、近所の住民はみな避難民地帯に逃げた。
それから十四日して、このフィルムに出て来る老女性 the old woman が近所に戻って、

二人の子供を発見した。その後、死体が全て取り除かれたあとの部屋
an open space where the bodies had been taken afterwards に、

写真撮影者の私を案内したのは、この老女性であった。彼女や、シアさんの弟
(または兄) Mrs. Hsia’s brother と、この小さな女の子にたいする質問を通じて、

恐るべき悲劇についての疑問の余地なき理解が得られたのである。》

つづく
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