1月29日 ラーベの日記
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/02/03 18:44 投稿番号: [333 / 2250]
プリドー=ブリュン・イギリス領事とフィッチが今朝九時にピー号で出発した。
私の日記帳もお供した。
フィッチが近いうちに戻れるなどと、だれも信じてはいない。
日本人との緊張感は日増しに高まっている。
委員会を解散して、新たに救援委員会を組織し、
新しい自治委員会と協力するようにしたほうがいいかもしれない。
目下真剣に検討しているところだ。
日本軍と協力しようと私は口を酸っぱくして言っているが、アメリカ人は反対だ。
委員会が賛成してもいないのに日本側と交渉するわけにはいかない。
それにむこうが同意するかどうかもまったくわからないのだから。
ひょっとするともう遅すぎるのかもしれない。
時機を逸してしまったのではないだろうか。
そうかといって、脅した通り、
日本軍が二月四日に難民を強制的に立ちのかせて収容所に入れ、
この前の赤十字病院の伝で立ち入り禁止にしてしまったら、我々は手も足も出ない。
ドイツ大使館は日本軍から覚え書を受け取った。
そこには、難民に対するさまざまな援助には感謝しているが、
二月四日に収容所を閉鎖するように、とあった。
私は会議を開いて、それぞれの大使館につぎのことを確認、
ないしは調べてもらうことにした。
一、日本は、外国人の土地、もしくは外国人の家にある収容所からも
難民を立ちのかせることができるのか?
(収容所のかなりの数がアメリカ人の土地にある。ジーメンス・キャンプと
いわれるラーベの収容所もその対象になる。ドイツ人の庭にあるからだ)
二、もっと多くの難民を受け入れても良いのだろうか?
三、我々の立場を明らかにするまで、
各大使館に本件に関する日本側の返事を待ってもらいたい。
マギーが八歳と四歳の少女を見つけた。
親族は十一人だったというが、残らず残忍な殺されかたをしていた。
近所の人々に救け出されるまでの十四日間、母親の亡骸のそばにいたという話だ。
姉娘が家に残っていたわずかな米を炊いて、どうにか食いつないでいたという。
*
「マギーが八歳と四歳の少女を見つけた」
これは、有名な夏淑琴の話に関係しますので、次は夏淑琴の話をとりあげます。
これは メッセージ 331 (kireigotowadame さん)への返信です.
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