12月26日 ラーベの日記2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/11/24 18:56 投稿番号: [254 / 2250]
ヨーロッパ人の家をのこらずリストアップし、とられた品物の
「完全なリスト 」 を作って提出してくれと、高玉が言ってきた。
私は断った。大使館の仕事じゃないか。
第一、そんな面倒なことを引き受けて貧乏くじをひくのはまっぴらだ。
最後まで無事だった家があるのかどうか、あるとしたらどの家なのか、
それさえ正確に知らないというのに。
クリスマスの二日目の今日、私はあいかわらず家にいた。
難民が心配で、家を空けられない。だが、あしたにはまた本部で仕事がある。
安全区の二十万もの人々の食糧事情はだんだん厳しくなってきた。
米はあと一週間しかもたないだろうとスマイスはいっているが、
私はそれほど悲観的には見ていない。
米を探して安全区にまわしてくれるよう、
何度も軍当局に申請しているのだが、なしのつぶてだ。
日本軍は、中国人を安全区から出して、家に帰らせようとしている。
そのくせいつ汽車や船で上海にいけるようになるのかと聞いても、
肩をすくめるだけだ。
「それは当方にもわかりません。川には水雷がばらまかれているので、
定期的に船を出すのはとうてい無理でしょうな」
うちのボーイやコックが、食べものをいまだにちゃんと調達しているのには
いつも驚かされる。とくに私の家では奇跡に近いほどだった。
二週間ほど前から中国人を三人泊めているので、その人たちにも食事を出している。
幸運にもそれでもまだ足りているのだ。
ひょっとすると、いまや私を心から愛してくれている難民たちが、
いざとなると食べ物を手に入れる手伝いをしてくれているのかもしれない。
私は毎日目玉焼きを食べているが、
卵がどんな形をしていたかさえわすれてしまった人もいるのだ。
ミス・ミニ・ヴォートリン。実はこの人について個人的にはあまりよく知らないのだが、
アメリカ人で、金陵女子文理学院の教授らしい。
大変きまじめな女性で、自分の大学に男性の難民を収容するときいて、
びっくり仰天して反対したそうだ。
最終的には、男女別々のフロアにするからという条件で承諾した。
ところで、この人に恐ろしい事件が起こった! 彼女は自分が庇護する娘たちを信じて、
めんどりがひなを抱くようにして大切に守っていた。
日本兵の横暴がとくにひどかったころ、私はミニをじかに見たことがある。
四百人近くの女性難民の先頭に立って収容所になっている大学につれていくところだった。
さて、日本当局は、兵隊用の売春宿を作ろうというとんでもないことを思いついた。
何百人もの娘でいっぱいのホールになだれこんでくる男たちを、恐怖のあまり、
ミニは両手を組み合わせて見ていた。
一人だって引き渡すもんですか。
それくらいならこの場で死んだほうがましだわ。
ところが、そこへ唖然とするようなことが起きた。
我々がよく知っている、上品な紅卍字会のメンバーが
(彼がそんな社会の暗部に通じているとは思いも寄らなかったが)、
なみいる娘たちに二言三言やさしく話しかけた。
すると、驚いたことに、かなりの数の娘たちが進み出たのだ。売春婦だったらしく、
新しい売春宿で働かされるのをちっとも苦にしていないようだった。ミニは言葉を失った。
* 「川には水雷がばらまかれているので、定期的に船を出すのはとうてい無理」
これは事実。海軍による揚子江掃海・障害物除去作業は昭和十三年四月まで続いている。
* 「日本当局は、兵隊用の売春宿を作ろうという」
いわゆる、「戦時慰安婦」 はこの時始まったようだ。ここで明らかなように、
これは強制連行ではなく、売春婦を雇って働かせるシステムだった。
「完全なリスト 」 を作って提出してくれと、高玉が言ってきた。
私は断った。大使館の仕事じゃないか。
第一、そんな面倒なことを引き受けて貧乏くじをひくのはまっぴらだ。
最後まで無事だった家があるのかどうか、あるとしたらどの家なのか、
それさえ正確に知らないというのに。
クリスマスの二日目の今日、私はあいかわらず家にいた。
難民が心配で、家を空けられない。だが、あしたにはまた本部で仕事がある。
安全区の二十万もの人々の食糧事情はだんだん厳しくなってきた。
米はあと一週間しかもたないだろうとスマイスはいっているが、
私はそれほど悲観的には見ていない。
米を探して安全区にまわしてくれるよう、
何度も軍当局に申請しているのだが、なしのつぶてだ。
日本軍は、中国人を安全区から出して、家に帰らせようとしている。
そのくせいつ汽車や船で上海にいけるようになるのかと聞いても、
肩をすくめるだけだ。
「それは当方にもわかりません。川には水雷がばらまかれているので、
定期的に船を出すのはとうてい無理でしょうな」
うちのボーイやコックが、食べものをいまだにちゃんと調達しているのには
いつも驚かされる。とくに私の家では奇跡に近いほどだった。
二週間ほど前から中国人を三人泊めているので、その人たちにも食事を出している。
幸運にもそれでもまだ足りているのだ。
ひょっとすると、いまや私を心から愛してくれている難民たちが、
いざとなると食べ物を手に入れる手伝いをしてくれているのかもしれない。
私は毎日目玉焼きを食べているが、
卵がどんな形をしていたかさえわすれてしまった人もいるのだ。
ミス・ミニ・ヴォートリン。実はこの人について個人的にはあまりよく知らないのだが、
アメリカ人で、金陵女子文理学院の教授らしい。
大変きまじめな女性で、自分の大学に男性の難民を収容するときいて、
びっくり仰天して反対したそうだ。
最終的には、男女別々のフロアにするからという条件で承諾した。
ところで、この人に恐ろしい事件が起こった! 彼女は自分が庇護する娘たちを信じて、
めんどりがひなを抱くようにして大切に守っていた。
日本兵の横暴がとくにひどかったころ、私はミニをじかに見たことがある。
四百人近くの女性難民の先頭に立って収容所になっている大学につれていくところだった。
さて、日本当局は、兵隊用の売春宿を作ろうというとんでもないことを思いついた。
何百人もの娘でいっぱいのホールになだれこんでくる男たちを、恐怖のあまり、
ミニは両手を組み合わせて見ていた。
一人だって引き渡すもんですか。
それくらいならこの場で死んだほうがましだわ。
ところが、そこへ唖然とするようなことが起きた。
我々がよく知っている、上品な紅卍字会のメンバーが
(彼がそんな社会の暗部に通じているとは思いも寄らなかったが)、
なみいる娘たちに二言三言やさしく話しかけた。
すると、驚いたことに、かなりの数の娘たちが進み出たのだ。売春婦だったらしく、
新しい売春宿で働かされるのをちっとも苦にしていないようだった。ミニは言葉を失った。
* 「川には水雷がばらまかれているので、定期的に船を出すのはとうてい無理」
これは事実。海軍による揚子江掃海・障害物除去作業は昭和十三年四月まで続いている。
* 「日本当局は、兵隊用の売春宿を作ろうという」
いわゆる、「戦時慰安婦」 はこの時始まったようだ。ここで明らかなように、
これは強制連行ではなく、売春婦を雇って働かせるシステムだった。
これは メッセージ 253 (kireigotowadame さん)への返信です.