入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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12月20日 ラーベの日記

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/11/01 16:09 投稿番号: [230 / 2250]
十二月二十日

委員会本部に日本人将校がきていた。
南京一のホテル、首都飯店を片づけたいので作業員を二十人集めてくれないかという。

このホテルには日本軍の参謀将校が泊まることになっている。
私は十六人世話した。

昼にはこの将校が自分でトラックに乗せて連れ帰るうえ、
五中国ドル支払われるという約束だった。

これが日本軍が示したはじめてのまともな対応だった。
中国人たちも明らかにいい感じを受けていた。


寧海路に着いてから、棲霞山の江南セメント工場のシンバーグ氏と知り合った。
けがした中国人を数人、南京に運ぶつもりだったという。

ラジオで、南京は完全に落ち着いており、
電気・水道や電話設備も正常化しているといっていたからだ。

いざ来てみて、そうとうびっくりしたらしい。
日本軍にとめられ、けが人を途中で送り返さなくてはならなかったとのこと。

それでもとにかく南京にいこうと心に決め、延々と続く道を歩いているところを、
日本軍のトラックに拾われたという。

おそらく北門から入ったのだろう。問題は、どうやって帰るかだ。


午後六時、ミルズの紹介で、大阪朝日新聞の守山特派員が訪ねてきた。
守山記者はドイツ語も英語も上手で、あれこれ質問を浴びせてきた。

さすがに手慣れている。私は思っているままをぶちまけ、どうかあなたのペンの力で、
一刻も早く日本軍の秩序が戻るよう力を貸してほしいと訴えた。

守山氏はいった。
「それはぜひとも必要ですね。さもないと日本軍の評判が傷ついてしまいますから」

いまこうしているうちにも、そう遠くないところで家がつぎつぎ燃えている。
そのなかにはYMCA会館も入っている。

これは故意の、というよりむしろ当局の命令による放火ではないだろうか。


ブリキをうちつけておいたわが家の正門を、留守中に日本兵が銃剣でこじ開けようと
したらしい。結局開かなかったものの、銃剣の傷が残っているのと

ブリキ板の四隅が歪んでいるのがなによりの証拠だ。
できるだけまっすぐになるよう、扉をハンマーでたたかせた。

銃剣のあとは残しておくことにしよう。これも何かの記念だ。


クレーガーがシンバーグをつれて、韓の車を貸してもらえないかと頼みにきた。
シンバーグを送っていくつもりなのだ。

韓は承知したが、私は内心よせばいいのにと思っていた。
車がダメになるとはいわないまでも、タイヤがすり減ってしまうにきまってるからだ。
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