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1939年 汪政権と日本の思惑のずれ1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2013/02/01 18:55 投稿番号: [2219 / 2250]
晴気慶胤著   『上海テロ工作76号』   毎日新聞社
128〜130p


《 汪兆銘の和平運動は内外情勢の好転に恵まれて、その前途は光明に満ち、

日華の工作当事者は昭和十五年一月までに政府を成立させるべく努力していた。


だが、その準備を具体的に進めるに伴い、樹立の方針について意見の食い違いが

日華の間にあることがわかり、工作の前途を不安にした。

それは全面和平と近衛声明の実行時期をめぐって、

日本の現地軍と汪側に相入れない見解の相違があったからである。



そもそも、昭和十三年十二月の近衛声明は和平条件というよりも、

友好と共存を主張した政治理念と称すべきもので、

その前提は日華の両国の交戦状態が停止されることであり、

その実行には、さらに具体的な取り決めが必要であった。


だから重慶に戦争の停止を強いる力がない汪兆銘政府を相手にして、

近衛声明をいま直ちに実行することは、

日本だけが戦争の続行に不利を被る現実を無視する空論であると思われた。



しかるに汪兆銘は、近衛声明は自分の   「日華和平条件試案」   を

日本政府が体裁を整え、自分の要求によって公表したものであると思いこんで、

新政府が成立したならば東京における約束にしたがって、

直ちに実行に移されるべきものであると信じていた。



しかし、現地の日本軍の見解は、それと違っていた。

近衛声明を実行しても全面和平はすぐには期待できない。

成立早々の弱体な新政府に作戦の基盤である占領地を委ねるのは不安である。


近衛声明は戦争をつづけるのに差し支えないように、

実行の順序と範用を考えねばならないと主張した。

現地軍の意向を知った汪兆銘の幕僚は、

日本は近衛声明を実行することに反対であると邪推した。



彼らは政府を急いでつくると、とんでもない条約を日本から押しつけられて

進退両難に陥り、政府は崩壊するか傀儡に甘んずるか、

いずれにせよ、和平運動は民衆の支持を失って失敗するだろうと憤慨した。


影佐少将   (進級)   は日本の中央部に意見を具申して、

新中央政府をつくる前に近衛声明を具体化し、

これら見解の相違を調整しなければならないと強調した。》


つづく
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