入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1939年9月23日 支那派遣軍の創設

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2013/01/27 16:13 投稿番号: [2208 / 2250]
欧州の戦局の変化から、日本もそれに対応できるよう、

中国派遣の軍隊を整理することになりました。



児島襄著   『日中戦争5』   文春文庫    225〜226p


《   −   九月二十三日、

支那派遣軍の戦闘序列が下令された。

これまでの中支那派遣軍、北支那方面軍のうち、中支那派遣軍を廃止し、

北支那方面軍、第十一、第十三、第二十一軍、

つまり中国に派出されている全陸軍部隊が、その指揮下にはいる。



つまりは、在中国日本陸軍の統一措置だが、

それというのも、ヨーロッパ情勢の急転にともない、陸軍としては

「対第三国   (ソ連)   戦備」   の促進が急務とみなされた。

それには、できるだけ在中国の兵力を   「対第三国」   用にふりむけたい。



陸軍省軍事課は、すでに当時の在中国兵力約八十五万人を昭和十六年

(一九四一年)   末には   「四十万人」   にへらす計画を提唱していた。

しかし、それは、ヨーロッパ戦争が   「昭和十七年以降」   におこる可能性があると

想定してのことであったので、いまや、予想より三年間も早く戦争勃発をむかえ、

ますます中国からの   「足抜き」   の必要を痛感せざるを得ない。



在中国部隊を統合する新編制は、その兵力削減を念頭においての処置であり、

そうなると、当然に支那派遣軍の任務は   「支那事変ノ迅速ナル処理」   が第一になる。

ただし、その   「処理」   は、兵力縮小を前提にしている以上は、

新しい攻勢によるよりは既定の汪兆銘の新中央政府の樹立などの政略が

基本になるであろう。》




晴気慶胤著   『上海テロ工作76号』   毎日新聞社
128p


《 そのころ欧州ではドイツに宣戦した英仏連合軍が独仏国境で決戦を迫られ、

英仏の運命は今やドイツとの戦争に賭けられていた。

このような情勢の悪化が、重慶政府に与えた苦悩は深刻であった。

期待していた欧州列強の中国参戦はもはや夢想さえできず、

その上、軍需物資の援助までが途絶えてきた。



いわれのないソ連のポーランド、フィンランド侵略によって、中国共産党は人気を失い、

中国の抗戦はようやく統一を失って混乱の兆しがみえてきた。

一方、日本の大本営は九月二十三日、支那派遣軍総司令部を南京に新設した。

政戦両略の連携を密にして、外に対しては重慶に対する圧迫を強化し、

内にあっては在華日本軍を統制して、

汪兆銘政府の樹立を援助するためだと公表された。》
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