12月17日ラーベの日記1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/10/15 18:46 投稿番号: [212 / 2250]
二人の日本兵が塀を乗り越えて侵入しようとしていた。
私が出ていくと 「中国兵が塀を乗り越えるのを見たもので」 とかなんとか言い訳した。
ナチ党のバッジを見せると、もと来た道をそそくさとひきかえして行った。
塀の裏の狭い路地に家が何軒か建っている。
このなかの一軒で女性が暴行を受け、さらに銃剣で首を刺され、けがをした。
運良く救急車を呼ぶことができ、鼓楼病院へ運んだ。
・・・
アメリカ人のだれかがこんなふうに言った。
「安全区は日本兵用の売春宿になった」
当たらずといえども遠からずだ。昨晩は千人も暴行されたという。
金陵女子文理学院だけでも百人以上の少女が被害にあった。
いまや耳にするのは強姦につぐ強姦。夫や兄弟が助けようとすればその場で射殺。
見るもの聞くもの、日本兵の残忍で非道な行為だけ。
仲間のハッツがひとりの日本兵と争いになった。その日本兵は銃剣を抜いたが、
アッパーカットを食らい、吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。
そして完全武装した二人の仲間といっしょに逃げていった。
きのう、岡崎総領事から、難民はできるだけ早く安全区を出て家へ戻り、
店を開くように、との指示があった。
店? 店なんかとっくに開いてるじゃないか。
こじ開けられ、ものをとられていない店なんかないんだからな。
驚いたことに、ドイツ大使トラウトマンの家は無事だった。
クレーガーといっしょに大使の家からわが家に戻ってきた。
なんと家の裏手にクレーガーの車が停まっているではないか。
きのう日本軍将校数人とホテルにいたとき、日本兵に盗まれたものだ。
クレーガーは車の前に立ちはだかり、がんとして動かなかった。
ついに、中に乗っていた日本兵は、
“We friend … you go !”(俺たち友達ね……さあ行けよ!)
と言って返してよこしたのだった。
このときの日本兵は午後にまたやって来て、私の留守をいいことに、
今度はローレンツの車を持っていってしまった。私は韓に言った。
「『お客』 を追っ払えないときには、せめて受け取りをもらっておくように」
すると、韓は本当にもらっておいたのだ。
“I thank your present! Nippon army K.Sato.”
(プレゼントどうも! 日本軍、K・サトウ)
ローレンツはさぞ喜ぶことだろう!
* 実に不思議な話だ
松井大将や朝香宮殿下・長谷川中将などが参列して、式典が行われている最中に、
式典から外れた区域で悪行三昧をやらかす日本兵がいるとは。
最近は式典をぶち壊す、不埒な日本人が増えているが、昭和45年頃まではいなかった。
これらの“日本兵”は本当に日本人なのだろうか?
* 韓は受け取りをもらっているが、彼は日本語ができたのか?
学のない日本人は英語ができない。かつ日本人は英語を文法から習う。
しかしてこの英語は文法通りではない。
児島襄著『日中戦争4』240p
第十軍、上海派遣軍の主力は、その (慰霊祭) 直後に次期作戦のために
南京退去が指示されているので、その用意にも繁忙であった。
兵隊は、式典の参加・警備だけでなく、移動の準備もしなければならないので、
悪さなどしている、暇はない筈だが。
私が出ていくと 「中国兵が塀を乗り越えるのを見たもので」 とかなんとか言い訳した。
ナチ党のバッジを見せると、もと来た道をそそくさとひきかえして行った。
塀の裏の狭い路地に家が何軒か建っている。
このなかの一軒で女性が暴行を受け、さらに銃剣で首を刺され、けがをした。
運良く救急車を呼ぶことができ、鼓楼病院へ運んだ。
・・・
アメリカ人のだれかがこんなふうに言った。
「安全区は日本兵用の売春宿になった」
当たらずといえども遠からずだ。昨晩は千人も暴行されたという。
金陵女子文理学院だけでも百人以上の少女が被害にあった。
いまや耳にするのは強姦につぐ強姦。夫や兄弟が助けようとすればその場で射殺。
見るもの聞くもの、日本兵の残忍で非道な行為だけ。
仲間のハッツがひとりの日本兵と争いになった。その日本兵は銃剣を抜いたが、
アッパーカットを食らい、吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。
そして完全武装した二人の仲間といっしょに逃げていった。
きのう、岡崎総領事から、難民はできるだけ早く安全区を出て家へ戻り、
店を開くように、との指示があった。
店? 店なんかとっくに開いてるじゃないか。
こじ開けられ、ものをとられていない店なんかないんだからな。
驚いたことに、ドイツ大使トラウトマンの家は無事だった。
クレーガーといっしょに大使の家からわが家に戻ってきた。
なんと家の裏手にクレーガーの車が停まっているではないか。
きのう日本軍将校数人とホテルにいたとき、日本兵に盗まれたものだ。
クレーガーは車の前に立ちはだかり、がんとして動かなかった。
ついに、中に乗っていた日本兵は、
“We friend … you go !”(俺たち友達ね……さあ行けよ!)
と言って返してよこしたのだった。
このときの日本兵は午後にまたやって来て、私の留守をいいことに、
今度はローレンツの車を持っていってしまった。私は韓に言った。
「『お客』 を追っ払えないときには、せめて受け取りをもらっておくように」
すると、韓は本当にもらっておいたのだ。
“I thank your present! Nippon army K.Sato.”
(プレゼントどうも! 日本軍、K・サトウ)
ローレンツはさぞ喜ぶことだろう!
* 実に不思議な話だ
松井大将や朝香宮殿下・長谷川中将などが参列して、式典が行われている最中に、
式典から外れた区域で悪行三昧をやらかす日本兵がいるとは。
最近は式典をぶち壊す、不埒な日本人が増えているが、昭和45年頃まではいなかった。
これらの“日本兵”は本当に日本人なのだろうか?
* 韓は受け取りをもらっているが、彼は日本語ができたのか?
学のない日本人は英語ができない。かつ日本人は英語を文法から習う。
しかしてこの英語は文法通りではない。
児島襄著『日中戦争4』240p
第十軍、上海派遣軍の主力は、その (慰霊祭) 直後に次期作戦のために
南京退去が指示されているので、その用意にも繁忙であった。
兵隊は、式典の参加・警備だけでなく、移動の準備もしなければならないので、
悪さなどしている、暇はない筈だが。
これは メッセージ 211 (kireigotowadame さん)への返信です.