1937年12月20日 陸海軍の動き
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/11/26 18:34 投稿番号: [2073 / 2250]
陸軍
第十軍の杭州作戦
《 第百一師団、・・・・師団長は歩兵一大隊から成る捜索隊をして、
二十日湖州を出発してシンガー山付近を捜索させ、
主力を二縦隊及び左側支隊に区分・・・》
幕府山の山田支隊
浦口へ移動
両角業作
手記
《 二十日
晴
九時半出発下関を経て浦口に渡河。》
山田メモ
《 二十日
下関より浦口に向う。
途中死体累々たり、十時浦口に至り国東支隊長と会見。》
(鈴木明著
旧
『「南京大虐殺」
のまぼろし』
195p)
*
下関より浦口に向う途中の累々たる死体は、山田支隊が関与していない事は、明白。
勘違いしている者は、山田支隊が、下関から浦口へ、捕虜を送ろうとして、
国東支隊に撃たれて、下関で虐殺した、としている。
が、だったら、山田旅団長はこんな書き方をしないだろう。
第一、彼らは、前日死体を片づけている。
この死体は、基本的に中国軍の同士討ちによって生じたもの。
海軍
『ドイツ外交官が見た南京事件』
114pより
ドイツ外務省
(ベルリン)
宛、発信者
----
ローゼン
(署名)
一九三八年一月二〇日付南京ドイツ大使館分館第二号
(略)
《 12月18日から20日にかけて、
われわれが南京城手前の英国軍砲艦ビー号に乗船していたおり、
日本海軍の近藤少将が英国軍ホールト提督にたいし、
「南京から長江を下った先の大きな中州
(八卦洲)
にまだ3万人の中国兵がおり、
かれらをこれから一掃せねばならない」
と通告してきた。
日本側が
「一掃」
ないし
「掃討」
と称するこの行為は、
武装解除された敵の殺害を指しており、人道的な戦争遂行の原則に反する。》
*
海軍の中州掃蕩は、恐らく、山田支隊が17日夜、幕府山北岸から八卦洲へ
中国人捕虜を逃がそうとして、対岸から撃たれた事から、
武装中国兵の存在を知り、検討されたのだろう。
武装解除されてない敵の掃蕩だから、戦闘行為であり、
人道的な戦争遂行違反とは関係ない。
これは メッセージ 2063 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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