1939年6月 ノモンハン事件19 攻撃の準備
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/11/25 14:26 投稿番号: [2072 / 2250]
辻正信著
「ノモンハン秘史」
毎日ワンズ
160〜162p
《 植田将軍の知遇に感じた小松原師団長は、
自ら陣頭に立って雌雄を決しようとの決意が固く、
軍命令に基づいて部隊を将軍廟周辺地区に集中し、攻撃の準備に余念がなかった。
この集中が、何ら敵機の妨碍を受けることなく完了したのは、
二十二日から全力を以て敵機を迎撃した飛行隊の戦果である。
とくに二十七日、タムスクに敵主力を撃破した後においては、
戦場の上空にはほとんど敵機を見ないまでに、完全に制空権を我が手に収めていた。
その一撃が、敵にどのくらいの痛手を与えたかを知ることができるであろう。
空中の優勢に反して、地上においては敵は
衆を恃 (たの) んで、さらに深く満領内に突進し、
将軍廟に陣地を占領していた小林部隊を戦車と重砲で強襲したが、
小林恒一少将の指揮する第一線は、陣地付近の近距離に敵を迎えて、
これに打撃を与え、七十輌のうち十三輌を炎上、破壊、
六月二十八日には、攻撃実施の命令を待っていた。
・・・
飛行第二集団が空中写真によって偵察したところ、
敵の主力は小松台 (* 「小松」 原より命名) を中心とし、
バラ高地 (*小松 「原」 より命名) を左翼の拠点として、
堅固に陣地を占領しているようである。
敵の後方状況は明らかではないが、毎日のべ約千輌の自動車が、
軍隊、軍需品を輸送しているようである。
一望千里の大草原にもかかわらず、偽装が徹底しているために、
何がどこに降ろされているか全く見当がつかなかった。
地上から偵察した結果による敵の兵力配置もまた、空中写真と符節を合するようであり、
敵はハルハ河両岸に跨 (またが) って頑強に抵抗するであろうことは、
一点疑問の余地はない。
師団長は、各部隊から選定した豪胆で遊泳の上手な将校斥候数組を、
夜間秘かにハルハ河を泳いで敵中に潜り込ませ、
直接河川や陣地の状況を偵察させながら攻撃の策案を練っている。
関東軍は作戦計画の立案当時、
できたら上流河谷からハルハ河を渡って、左岸の敵を攻撃する計画であったが、
これは第七師団をハンダガヤ方面に使用することが前提で、
第二十三師団が将軍廟に集中した現在では、
必ずしも師団長に強要する筋合ではなかった。
その後、斥候の報告や飛行機の偵察などを総合すると、
師団長の考えは、フイ高地 (*バラ高地対岸) 方面から渡河したいように思われる。
しかしバラ高地は、空中写真の結果から見ると、敵の最も堅固な正面で、
陣地は三線に構築されている。師団長の考えと全く矛盾する敵情である。
矢野副長と服部参謀と三人で、師団の攻撃にお手伝いに出て行き、
これらの情況を知ると共に自ら飛行機で偵察しようと決心した。
モス機に一人乗って超低空でハルハ河上空を飛んだ。
速力のすこぶる遅いこの旧式小型機では、地上からの小銃弾にひとたまりもない。
幸いに雨雲が低く垂れていた好機を利用して敵の眼を避けながら、
バラ高地の上空をスレスレに飛んだ。
飛行集団の高空からの偵察では、三重の堅固な陣地と思われたのに、
実際は全く異なって、単に戦車の入る掩壕 (えんごう) が
蜂の巣のように作られているばかりで、歩兵の陣地らしいものは
どこにも見当たらない。
「しめた、これなら必ず成功する」 と、喜んで帰った。》
160〜162p
《 植田将軍の知遇に感じた小松原師団長は、
自ら陣頭に立って雌雄を決しようとの決意が固く、
軍命令に基づいて部隊を将軍廟周辺地区に集中し、攻撃の準備に余念がなかった。
この集中が、何ら敵機の妨碍を受けることなく完了したのは、
二十二日から全力を以て敵機を迎撃した飛行隊の戦果である。
とくに二十七日、タムスクに敵主力を撃破した後においては、
戦場の上空にはほとんど敵機を見ないまでに、完全に制空権を我が手に収めていた。
その一撃が、敵にどのくらいの痛手を与えたかを知ることができるであろう。
空中の優勢に反して、地上においては敵は
衆を恃 (たの) んで、さらに深く満領内に突進し、
将軍廟に陣地を占領していた小林部隊を戦車と重砲で強襲したが、
小林恒一少将の指揮する第一線は、陣地付近の近距離に敵を迎えて、
これに打撃を与え、七十輌のうち十三輌を炎上、破壊、
六月二十八日には、攻撃実施の命令を待っていた。
・・・
飛行第二集団が空中写真によって偵察したところ、
敵の主力は小松台 (* 「小松」 原より命名) を中心とし、
バラ高地 (*小松 「原」 より命名) を左翼の拠点として、
堅固に陣地を占領しているようである。
敵の後方状況は明らかではないが、毎日のべ約千輌の自動車が、
軍隊、軍需品を輸送しているようである。
一望千里の大草原にもかかわらず、偽装が徹底しているために、
何がどこに降ろされているか全く見当がつかなかった。
地上から偵察した結果による敵の兵力配置もまた、空中写真と符節を合するようであり、
敵はハルハ河両岸に跨 (またが) って頑強に抵抗するであろうことは、
一点疑問の余地はない。
師団長は、各部隊から選定した豪胆で遊泳の上手な将校斥候数組を、
夜間秘かにハルハ河を泳いで敵中に潜り込ませ、
直接河川や陣地の状況を偵察させながら攻撃の策案を練っている。
関東軍は作戦計画の立案当時、
できたら上流河谷からハルハ河を渡って、左岸の敵を攻撃する計画であったが、
これは第七師団をハンダガヤ方面に使用することが前提で、
第二十三師団が将軍廟に集中した現在では、
必ずしも師団長に強要する筋合ではなかった。
その後、斥候の報告や飛行機の偵察などを総合すると、
師団長の考えは、フイ高地 (*バラ高地対岸) 方面から渡河したいように思われる。
しかしバラ高地は、空中写真の結果から見ると、敵の最も堅固な正面で、
陣地は三線に構築されている。師団長の考えと全く矛盾する敵情である。
矢野副長と服部参謀と三人で、師団の攻撃にお手伝いに出て行き、
これらの情況を知ると共に自ら飛行機で偵察しようと決心した。
モス機に一人乗って超低空でハルハ河上空を飛んだ。
速力のすこぶる遅いこの旧式小型機では、地上からの小銃弾にひとたまりもない。
幸いに雨雲が低く垂れていた好機を利用して敵の眼を避けながら、
バラ高地の上空をスレスレに飛んだ。
飛行集団の高空からの偵察では、三重の堅固な陣地と思われたのに、
実際は全く異なって、単に戦車の入る掩壕 (えんごう) が
蜂の巣のように作られているばかりで、歩兵の陣地らしいものは
どこにも見当たらない。
「しめた、これなら必ず成功する」 と、喜んで帰った。》
これは メッセージ 2070 (kir**gotowa**me さん)への返信です.