1937年12月19日 ラーベの日記1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/11/22 18:46 投稿番号: [2065 / 2250]
十二月十九日
《 わが家では静かに夜が更けていった。
寧海路にある本部の隣の建物には防空壕があって、二十人ほどの女性がいたが、
ここへ日本兵が数人暴行しに侵入してきた。
ハッツは塀を乗り越え、やつらを追い払った。
広州路八十三〜八十五号の難民収容所からは助けを求める請願書が来た。
南京安全区国際委員会
御中
ここに署名しました五百四十人の難民は、広州路八十三〜八十五号の
建物の中にぎゅうぎゅうに押しこまれて収容されています。
今月の十三日から十八日にかけて、この建物は三人から五人の
日本兵のグループに何度も押し入られ、略奪されました。
今日もまたひっきりなしに日本兵がやってきました。
装飾品はもとより、現金、時計、服という服、何もかもあらいざらいもっていかれました。
比較的若い女性たちは毎夜連れ去られます。
トラックにのせられ、翌朝になってようやく帰されるのです。
これまでに三十人以上が暴行されました。
女性や子どもたちの悲鳴が夜昼となく響き渡っています。
この悲惨なありさまはなんともいいようがありません!
どうか、われわれをお助けください!
南京にて、一九三七年十二月十八日
難民一同
いったいどうやってこの人たちを守ったらいいのだろう。日本兵は野放し状態だ。
これでは発電所を復旧しようにも、とうてい人手が集まらない。
今日そのことでまた菊池氏がやってきた。私はいってやった。
「作業員は逃げてしまいましたよ。そりやそうでしょう、私たちヨーロッパ人さえ
ひどい目にあっているというのに、自分たちが安全なわけがないと思ってるんですよ」
すると菊池氏はいった。
「ベルギーでもまったくおなじ状態でした!」》
*
略奪の品で、 「現金・時計」
は、まーいいとして、 「装飾品や服」
は何に使うのだろう?
兵隊は軍服しか着られないのだが。
つづく
これは メッセージ 2061 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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