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1939年5月28日 ノモンハン7 東支隊を救え

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/10/30 18:47 投稿番号: [2015 / 2250]
辻正信著   「ノモンハン秘史」   毎日ワンズ
115〜117p


《 二十八日の朝、各部隊の手綱を放して三方面から攻撃させた。

橋梁に向かって包囲鐶を緊   (し)   める心算であったが、

連絡は一向に取れないまま山縣大佐は、歩兵だけを指揮して、

ノモンハン正面から敵陣地を攻撃し、

二十八日正午頃、第一線陣地を奪い、橋梁方面に進出を図ったが、

ハルハ河左岸の敵砲兵に阻止されて、戦況は一向に進まない。


東支隊長は、第一次の経験で敵を軽視したためか歩兵と分離して、

二十八日昼間、深く橋梁方面に突進し、敵主力の退路に迫ったまま消息を絶った。



二十八日の戦況を視察するため、再びハイラルに出張したのは二十七日の夕刻であった。

師団長も今度こそ獲物があろうと、心待ちに待っている。

ハイラルの官舎で夫   (*師団長)   を送る妻の顔にも、父を見送る子供たちの顔にも、

何らの不安もなさそうであった。それほどまでに軽視し切っていた。



二十八日早朝ハイラルを出発し、自動車を飛ばせて前線に急いだ。

ノモンハン付近に着いたのは午後五時頃である。

ホルステン河の凹   (くぼ)   地に、一個の屋型   (やかた)   天幕が設けられてあった。

中に入ると共に、血なまぐさい臭いがする。四、五人の重、軽傷者であった。



「東支隊主力は今日正午頃、橋梁の近くで敵の重囲を受け、

戦車に蹂躪されて東中佐以下全滅した」   との話である。

「全滅とは何事か、君たち四人が生き残っているじゃないか」

と叱り飛ばして、意気の阻喪を防ごうと思った。

傷ついた将校は主計であり、兵三人と共に囲みを破って、

ノモンハン集落まで退却してきたのである。



一刻も早く山縣支隊長に会い、東支隊の危急を救わねばならぬ。

しかし、その位置はさっぱりわからなかった。

たまたま後方に弾薬を取りに来た山縣部隊のトラック一輌を押さえた。

素早くそれに便乗して、第一線に急ぐ途中、ここかしこに戦いの跡が残り、

また焼けた敵の戦車二輌から黒煙が上がっている。



突然左前方の砂丘の間にうごめく一点が現われた。

何者だろう。敵か味方かと運転手と共に眼を皿にしていると、

「敵だ、戦車だ!」

叫ぶ声に応じて、運転手は反対方向にハンドルを切り、砂丘の蔭に逃げ込んだ。

車を小松の蔭に匿   (かく)   し、下車して地上に身を伏せて見ると、

まさしく砲戦車である。



砂地のためスピードは出ないらしい。

灰白色に塗り潰された巨体が、不恰好なほど釣り合いのとれぬ長い砲身を、

こちらに向けながらノソリノソリと近づいてくる。見つけられたら最後だ。

手に汗を握りながら待っているとき、天祐か、方向を変えてノモンハンの集落の方に

進んだ。ホーッと胸を撫で下ろしながら、またトラックに乗って急いだ。》


つづく
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