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1939年5月8日 汪兆銘上海着2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/10/18 18:48 投稿番号: [1981 / 2250]
塚本誠著   『ある情報将校の記録』   中公文庫
271〜272p


《 その後、影佐大佐は、私の案内で汪氏宿舎の下検分に出かけた。


楊樹浦の裏道で、「朝日」   の車につけられていることに気づいた。

私は曲りかどで車を急停車させた。後続車も止まらざるを得なかった。

車には、二、三人の人がいたが、

私は林記者に話したとおりのことをいって尾行を断った。



われわれが重光堂に着くと、

そこにもカメラを肩にした背の高い記者風の人物が待ち構えていた。

これまた前と同じように掛け合って帰ってもらった。

この人は   「朝日」   の中原尚臣君だった。



これは後日、聞いたことだが、林、中原両記者は、北光丸の上海入港を

呉淞付近で待ち受け、以後、川沿いにこれをつけていたという。

林少佐の秘密主義も、足と目をいとわぬ   「朝日」   の取材活動を

まくことはできなかった。

「朝日」   の取材活動と秘密保持との調整に煩わされた日だったが、

林、中原両君とはこれが縁で今日なお親しくつきあっている。



汪氏とその側近は、林少佐の先導で、予定の宿舎にはいった。

一見変哲もなく、汪氏の車に続行していた苦力満載のトラックには、

小銃、機関銃、手樽弾まで積み込まれていた。

それは重慶側の強襲に備える特高課憲兵の姿であった。》
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