1937年12月 城内及び安全区の掃蕩2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/10/17 18:35 投稿番号: [1978 / 2250]
児島襄著
『日中戦争4』
233〜234p
《 委員会は、傷兵、傷病者を外交部、鉄道部、国防部にうつし、
J・マギー牧師を委員長とする
「国際赤十字南京委員会」
を組織し、
「南京日本軍司令官」
あてに
「安全区」
の保護を要請する書簡を用意した。
その書簡をもって、J・マギー牧師らが第二十三連隊第三大隊をむかえたのである。
マギー牧師たちが会った日本軍将校は、牧師によれば、
説明する趣旨に諒解の意を表明した、という。
−
だが、
現実には、日本軍にとっては、掃蕩戦のさなかである。
日本軍の推計では、南京城内にはなお
「約二万五千人」
の敗残兵がいる。
掃蕩そのものも決して無抵抗ではなく、しばしば各部隊は攻撃、狙撃をうけている。
この 〝敗残兵狩り〟 を完了しなくては、
名実ともに
「南京攻略」
が成就したとはいえない。
とりわけて注意すべきは、攻略にともなって実施される入城式である。
入城式には、皇族である上海派遣軍司令官朝香官鳩彦中将も参加する。
その身辺にはとくに入念に安全保障策が講じられねばならない……。
その意味では、 「安全区」
といえども 〝敗残兵狩り〟 から除外
するわけにはいかず、委員会書記L・スミス
(金陵大学教授)
によれば、
この日、日本軍将校が
「安全区」
を訪ね、
法務部に収容されている二千六百五十人のうち、
二千三百人を
「捕虜」
として、連行した。》
これは メッセージ 1975 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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