1939年4月28日 ヒトラー独・波条約破棄
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/10/09 18:48 投稿番号: [1959 / 2250]
〔昭和14年4月29日
東京朝日〕
ヒトラーが独・ポーランド条約破棄声明
〔ベルリン特電二十八日発〕
ヒトラー独総統は二十八日午後零時五分
(日本時間二十八日午後八時五分)
から同二時二十五分まで
二時間二十分に亘り
大ドイツ国会において、世界注視の下に
ドイツの対外政策を闡明
(せんめい)
する歴史的大演説を行ったが、
そのうちダンチヒ、ポーランド廻廊要求に言及して、
これをポーランド政府が拒絶せる事実を報告し、
その結果としてドイツは独波 (ポーランド) 不侵略条約破棄を言明し、
独波関係事態の容易ならざるを思わしめた他、
英独海軍協定の廃棄を声明、植民地返還の対英要求を更
(あらた)
めて強調したが、
殊にルーズヴェルト米大統領のメッセージに対しては、
安全保障問題に於いて暗に米国の欧洲問題介入を排除すべき
極めて巧妙なる応酬をなすところがあった。
〔ベルリン特電二十八日発〕
二十八日のドイツ国会でヒトラー総統は、ダンチヒをドイツに返還、
ポーランド廻廊にドイツの鉄道敷設を二十五年の国境保障などの条件で
ドイツがポーランドに提議したが、ポーランドはこれを拒絶し英国へ走った
と発表し、
故ピルスドスキー元帥との間で結んだ独波不侵略条約を破棄すると宣言した。
(中略)
声明の内容
「(前略)
英波相互援助協定の締結となったといわれるが、この相互援助協定によって
ポーランドは、英国が援助協定を結んだ国々とドイツとの間に
紛争が起こった場合には反独戦線に参加すべく義務づけられている。
英波協定は、余が自らピルスドスキー元帥との間に締結した協定と
背馳するものである。
すなわち同協定は当時現存する唯一の協定として仏波協定を認めたに過ぎぬ。
ポーランドの他国に対する義務の拡大は独波不侵略協定とも相背馳する。
かくて余は、独波両国を拘束する協定は今や存在せずと見做すものであるが、
余のこの見解は既にポーランド政府に通告済みである。(後略)」
これは メッセージ 1940 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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