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1939年4月6日 イタリア・アルバニア占領

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/09/29 15:12 投稿番号: [1931 / 2250]
〔昭和14年4月7日   東京朝日〕


〔ローマ特電六日発〕   イタリー軍は五日夜、完全にアルバニア国を占拠した。

右に関しイタリー政府は六日午前十時、コンミュニケを発表するはず。

ただし占領後における同国の国際法上の地位は未定。



なおチアノ伊外相は六日朝、伊外務省に急遽   (きゅうきょ)   帰任、

ローマ駐剳   (ちゅうさつ)   アルバニア公使を呼び、

チラナ駐剳イタリー公使を召還し重要会談を遂げた。

右占領は同国の実質上のイタリー併合を意味し、

目下急迫せるバルカン並びに欧洲の政情に適応する応急処置と解さる。



〔チラナ六日発同盟〕   イタリー巡洋艦一隻及び駆逐艦二隻は六日払暁、

突如アルバニアの首都チラナに通ずる外港デュラッソーに入港した。


ム首相、飛行機で示威   〔ローマ特電六日発〕   ムソリニ首相は六日午前八時半、

自ら爆撃機を操縦してアドリア海沿岸アンコナに近きエジに向かった。

確聞するに、ム首相は現下の急迫せる情勢に鑑み、バルカン方面に対する

イタリー政府の重大関心をこの飛行により明示したものと解せらる。



〔ローマ特電六日発〕

ムソリニ首相のエジ飛行はアルバニア出兵部隊の閲兵を目的としたもので、

全部隊は既に同国を占領、これによりイタリーはいよいよバルカン列強の間に

積極的に乗り出したわけである。

確報によれば、イタリー、アルバニア間のいっさいの電信、

電話は六日朝十時より不通となり、アルバニア国民の一部は抵抗をなしたといわれる。



イタリーのアルバニア占領はギリシャ、ユーゴースラヴィア及び

ルーマニアにとっては大脅威であり、

ブルガリアにとっては百万の味方を得たことになるわけで、

英仏筋がこれに対しいかなる態度に出るかが注目される。



なおルーマニアは目下南部ドブルジア方面に約五師団を集結中であり、

ブルガリアもこれが対抗手段を講じつつあるに加え、

シリア、イラク方面に澎湃として反英仏運動が起こりつつある折柄、

その成り行きが注目される。(後略)
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