入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1937年12月13日 南京城外南西部での激突

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/09/26 18:34 投稿番号: [1923 / 2250]
南京の北東部で佐々木隊が激闘を繰り広げていたころ

南西部でも脱出軍との激突があっていた。



児島襄著   『日中戦争4』   219〜221p


《 水西門の北西に集結した第七十四軍の第五十一、第五十八師は、

しかし、城外に出て、揚子江沿いに南進する準備をととのえた。

  そこで、十二月十三日   −

日本側にとって   「南京城突入」   の日の戦いは、まず、

西側を脱出南下する中国軍第七十四軍と、

退路遮断のために北上する第六師団第四十五連隊主力との交戦で、開幕したのである。



この日も朝霧が濃く、日出前の午前六時すぎでは、

第四十五連隊がすすむ江岸一帯は闇につつまれ、

右手の南京城壁も城内の火焔を背にして黒い森のようにみえる。

第十一中隊の尖兵小隊長赤星中尉が、出発を歩哨に指示すべく本道に出て、

人の気配をたよりに近づくと、相手もこちらをたしかめるためか、顔をよせてきた。



(ご苦労……)   と唇を動かしかけたとたん、中尉は相手に気づいて、立ちすくんだ。

敵   ―   である。しかも、相手は将校斥候らしく、

中尉は数人の兵の銃剣にかこまれ、敵将校と対面していたのである。

「私は軍刀に手をかけようと思うが、動けば直ぐやられるような気がして、

どうしてどうして生きた心地は致しません」



闇の中の緊張対峙がつづいたが、敵将校がふと一歩をふみだしたとき、

中尉は、夢中で軍刀をぬいてふりまわし、横の溝に身を投げだして、

敵襲ッ、敵襲ッ、と連呼した。



脱出してきた中国軍第七十四軍主力は、約六千人。優勢であるうえに、

生きのびようとする決意に燃えているので、その攻撃もはげしかった。

チャルメラ風の中国軍ラッパを、日本側では   「テラテラ喇叭 (ラッパ)」   と

呼んでいたが、第七十四軍はそのラッパを吹き鳴らして、第四十五連隊に殺到した。

第十一中隊は、中隊長大薗庄蔵大尉が戦死してあやうく包囲されかけたが、

大隊砲と連隊主力の応援で危機をきりぬけ、逆に殲滅戦に移った。



中国軍第七十四軍は潰乱し、北に逆行する者、江岸に逃げる者、

あるいは日本軍の間をすりぬける者にわかれたが、南進した将兵は、

待ちかまえた日本側の騎兵第六連隊の銃火になぎ倒された。

第四十五連隊は追撃し、北河鎮を経て   「大同製麺公司」   工場にたてこもる残兵を一掃した。

次いで、江岸に機銃をすえ、筏や戸板にすがって渡河しようとする敗兵を掃射し、

工兵が敵屍体を積んで急造した   「気味悪い橋」   をわたり、下関への道をいそいだ。》



*   この戦いで、新たに、揚子江に浮かぶ漂流者や漂流死体が作られた。

   しかし、これは戦闘によるものであって、無辜の市民の虐殺ではない。
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