1939年 尾行をまく李士群
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/08/28 18:34 投稿番号: [1860 / 2250]
晴気慶胤著
『上海テロ工作76号』
毎日新聞社
41〜42p
《 突然、黒い大型の自動車がどこからともなく私の傍にすべり寄ってきた。
手を振って挨拶した李士群の白い顔がチラリと車窓に見えた途端、
飛び下りてきた屈強な男が、怒鳴りつけるようにかん高く叫んだ。
「危険ですから、急いで下さい」
次の瞬間、何もわからぬままに、私は李士群の車のなかに引っ張りこまれていた。
あっという間もない瞬間の出来事だった。
生まれてはじめて乗せられた防弾自動車だった。
車体はすっかり鋼鉄で包まれていて、
窓の特殊ガラスは厚さ一寸にあまる見るからに堅牢な車である。
「早く、早く……」
李士群はしきりに運転手をせき立てる。心地よい重い震動を立てながら、
私たちの防弾車は、大西路の住宅街を弾丸のようにすっ飛ぶ。
運転台と補助席では、四人の中国の壮漢が前と横とに
監視の眼をいからして警戒をつづけている。
李士群は一言もなく、私にしっかりと寄りそって車窓の外をにらみつけている。
車の中は息づまるような重苦しい緊張がはりつめている。
もののけにつかれたように暴走する車は制止も聞かず、イギリスの歩哨線を突破した。
突如、合図らしい警笛がけたたましく鳴らされる。
李士群は
「ここです」
と大きな邸宅の黒い鉄門を指さしたが、
奇怪にもそのまま防弾車は全速でその門前を走り過ぎた。
それからなお五分間ぐらい狂気のように走りつづけた揚句、
二度目の長い警笛とともに、いかめしい鉄門の中にふっと吸いこまれた。
気をつけてみるとそこは先刻の鉄門であり、邸宅であった。
ここはどうやら滬西の大西路らしい。
察するに追手をまくため、ところかまわず走りまくったらしい。
玄関には丁黙邨が心配そうに出迎えていた。
「早く門を閉めろ」 「外の警戒を怠るな」
と後ろで誰か鋭く叫んでいた。
「さあ早くなかに入りましょう」
李士群は面食らってどぎまぎしている
私をせきたてて、有無をいわさず奥の間に引っ張りこんだ。
見るからにすごい形相をしたたくさんの中国人たちが、
それぞれ棍棒や拳銃で武装して、庭先や部屋で目を光らせて立っていた。
隊長らしい中年の肥満した男が早口で報告にきた。
丁黙邨と李士群は眉をひそめてそれに聞きいった。
鬼気が迫ってくるような異様なざわめきだったので、私もだんだん不安になってきた。
だが、席に落ち着いた丁黙邨は、冷静を取り戻して、
昨日、重光堂で受けたもてなしを厚く謝した。
李士群も、丁黙邨の後ろから控え目ながら口を開いた。》
つづく
これは メッセージ 1858 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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