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1938年12月22日 近衛声明

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/08/07 18:38 投稿番号: [1817 / 2250]
児島襄著   『日中戦争5』   文春文庫
187〜188p


《 東京時間午後七時四十分であるが、参謀本部に

香港の支那班長今井武夫中佐から次長宛   「極秘親展電」   が到着した。


「渡辺君ヨリ電話ニテ、竹中君   本二十日河内   (ハノイ)   ニ到着シタル旨

  来電アリ。 一般情勢ニ鑑ミ、藤原談ハ遅クモ   明後二十二日迄ニ

  発表セラレ度   旨懇願シ来レリ……」


渡辺君は元亜州局長高宗武、竹中君は汪兆銘、藤原は近衛文麿首相の暗号名である。

電文では   「明後二十二日」   とあるが、

電報到着が二十一日なので、翌日の声明発表の要請にほかならない。



近衛首相は、翌日、十二月二十二日   正午に

陸相板垣征四郎中将、海相米内光政大将、外相有田八郎をまねいて協議し、

汪兆銘側の要請に応じて、かねて用意の声明を発表することにした。


書記官長風見章によれば、近衛首相は声明文を自身で推敲した。

汪工作に関係している陸軍省軍務課長影佐禎昭大佐、逓信省参与犬養健が、

それを見たいと秘書官室に来たが、首相は   「断じて寄せつけなかった」   という。



首相声明は、午後九時二十分に発表された。


「支那ニ於ケル   同憂   具眼ノ士   ト相携ヘテ」


という表現で、汪兆銘に呼びかけた声明は、日中和平の基本要件を、

「善隣友好」 「共同防共」 「経済提携」   の三つにしぼっていた。

満州国の承認と防共駐兵を要求する半面、

経済的独占、領土割譲、戦費賠償などを否定し、

治外法権の撤廃と租界の返還についての   「積極的考慮」   を約束した。



つまりは、既述した、上海会談の合意から撤兵条項をぬいた

「日支新関係調整方針」   にそった内容である。



近衛首相は、書記官長風見章によれば、汪兆銘の   「脱出」   について

「疑懼」   をさけられず、あるいは蒋介石と   「通々」   の   「狂言」   ではないか、

との不安も感得したが、それならかえって蒋介石との和平につながって好都合だ、

と判断した、という。



だが、この近衛声明にたいして、汪兆銘は即座には呼応せず、

蒋介石のほうが、先きに反応を示した。》
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