1937年12月1日〜3日揚子江啓開作戦
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/07/22 15:39 投稿番号: [1783 / 2250]
戦史叢書
『中国方面海軍作戦1』
457〜458p
《 12月1日に南京攻略の大海令が下った。
2日
陸軍部隊が既に江陰を占領した旨の情報があったが、
夕刻まで同方面に砲声が盛んに聞こえた。
また朝から珍しく敵大型機一〇機が上海、通州水道方面に来襲した。
前路警戒隊指揮官は午前、 「八重山」
の内火艇二隻を竹丸
(機銃武装)
の
護衛に付し、南水道クロッシングから段山上流約二・五浬
(カイリ)
までの
探掃を実施し、午後、掃海隊の曳船
(ひきぶね)
四隻をもって同所を清掃したが、
拘束機雷、水中障害物を認めず、よって主隊はクロッシングに進出した。
この日
「神川丸」
は第一警戒隊指揮官の指揮下に入り、許浦口に進出し、
その水上機は江陰閉塞線下流の予想敷設線に爆弾を投じたが誘爆せず、
敷設機雷の有無を確認するに至らなかった。
3日
江陰砲台は巫山砲台のほか、我が陸軍部隊の手に帰した。
この日から
「神川丸」
水上機隊は許浦口及び
クロッシング錨
(びょう) 地の上空直衛を開始した。
同隊は午前、午後各一回、ビッグツリー上流の機雷推定位置に爆弾を投下したが
誘爆を見なかった。なお左岸の龍潭港付近にはトーチカ陣地が発見された。
「鳥羽」
は
08:00、 クロッシング泊地発、南水道偵察の目的をもって
10:00
ころ揚沙鎮付近に進出、同艦陸戦隊は同地に上陸、
約一時間詳細に偵察したうえ昼ごろ帰投した。
巫山に砲四門あり、 「鳥羽」
に対し射撃準備中なるを認めた。
「蓮」
も同日朝、クロッシング泊地発、北水道を通過して
ビッグツリーの上流約一・五浬付近まで進出、
夕刻まで同地付近に仮泊して水路及び付近の状況を偵察して帰着した。
同艦も巫山に中国兵らしき者多数を認めた。
「堅田」
は潮時を利用し、段山沙西方水道から海北港沙北方水道一帯の敵情を
偵察すべきを命ぜられ、陸戦隊を揚陸、これを実施した。
掃海隊
(林少佐指揮
曳船四隻)
は、
スリーツリーの北東二、〇〇〇米までの南水道の清掃を完了した。》
つづく
これは メッセージ 1771 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/1783.html