1938年10月26日 日本軍漢口進入
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/07/22 15:49 投稿番号: [1784 / 2250]
児島襄著
『日中戦争5』
文春文庫
147p
《 冷雨にぬれた街道には、中国軍遺棄屍体が散乱している。
波田支隊は、その屍体をおどりこえて行進した。
やがて中国軍敗兵に追いつき、進むにつれてその数は多くなったが、
日本側に相手を攻撃する余裕がなければ、中国側にも抵抗する戦意はない。
追いぬき、あるいは肩をならべて、ただ闇夜の道を同じ方向に歩くだけである。 》
149p
《 雨は、次第に小降りになっていたが、漢口市内の日本租界の火災は、
消防措置もとられぬまま、燃えつづけた。
海軍陸戦隊本部、正金銀行漢口支店、日本総領事館、東本願寺、
明治高等小学校、日本人倶楽部その他、
これはというめぼしい建物は軒なみに爆破炎上の対象となっている。
二軒の料亭のうち、 『福宮』
も類焼したが、 『妻鶴』
には
まだ火はおよんでいなかった。
火に遠い日本人住居は、すでに内部は掠奪されつくし、
そのいくつかの玄関の軒下に、中国人難民がうずくまって雨をさけていた。》
151p
《 午前十一時、
波田支隊は武昌城内の掃蕩を終え、一部は飛行場を占領した。
漢口、漢陽、武昌の武漢三鎮のうち、まず武昌が陥落したわけである。
その三十分間後、午前十一時三十分、漢口に南下してきた第二十三連隊の先頭の
第三大隊は、市内の江岸停車場に到着し、爆破された屋舎に日章旗をひるがえした。
つづいて、午後一時二十五分、軍艦
『八重山』
に将旗をひるがえした
近藤英次郎少将指揮の海軍遡江部隊が、漢口港に進出した。》
これは メッセージ 1780 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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