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1938年 土肥原機関 呉佩孚工作3

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/07/15 15:36 投稿番号: [1770 / 2250]
晴気慶胤著   『上海テロ工作76号』   毎日新聞社
20〜21p


《 呉佩孚工作はこうして早くも絶望的な暗礁に乗り上げてしまった。

しかし、土肥原中将はよく隠忍して、北支軍と呉佩孚の和解につとめ、

次のような協定を結んで、円満解決を図ろうとしたのである。



  一、呉佩孚は日本軍占領地においては匪賊を招撫しない。

    また北京では当分、政治活動を行わない。

  二、呉に帰順した匪賊は臨時政府の指揮をうける。

  三、新中央政府の軍隊は未占領地だった黄河の南岸で匪賊を招撫して編成し、

   北支軍はその編成を援助する。

  四、黄河河畔の開封に弁事処を設け、呉佩孚が政治運動を行い、

   軍隊を招撫する事務所とする。



ところがそのとき張燕卿という男が、勝手に呉佩孚の代理となって協定に調印した。

そして呉佩孚には日本軍と協定を結んだことを隠して、

北支軍と協力して招撫工作を黄河南岸の敵地区にまで広げ、

招撫事務所を開封に設けることになったとだけ報告した。



そのため呉佩孚は、占領地においては匪賊の招撫が禁ぜられ、

せっかく彼に帰順した匪賊は、臨時政府に引き渡さなければならなくなった

協定が結ばれたことも知らないで、

北支軍が心を改めて積極的に自分に協力してくれるようになったのはうれしいと、

話を全然逆に解釈していた。



すっかり気をよくした呉佩孚は、

今度は新政府樹立に乗り出すいま一つの条件として、世論の推戴を強く要求した。

そこで張燕卿は、この要望にそうべく和平救国会を組織した。》



つづく
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