1938年 両角大佐、「足鎖」の少年兵に激怒
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/07/02 19:02 投稿番号: [1744 / 2250]
児島襄著
『日中戦争5』
文春文庫
39〜40p
《 九月二日には、無事に黎家集についた。
苦労したのは、第十三師団である。
葉家集の中国軍は頑強に抵抗し、第百四連隊第二大隊は、
一日から二日朝までかかってようやく部落を占領した。
部落には、師団の
「十カ月ぶん」
の飯米が遺棄されていて、
報告をうけた第百三旅団長山田栴二少将は、拍手して喜んだ。
第百四連隊の左側の第六十五連隊も、開順街をまもる約三百人の
「犠牲兵」
の抵抗にてこずった。
ようやく突破してみると、ひとつのトーチカ陣地に、十六、七歳の少年兵が
足を鎖で支柱に結びつけられ、手榴弾で自決している姿が発見された。
捕虜の説明によると、 「足鎖」
は少年兵自身の希望によるもので、
死守の覚悟が動揺して逃げてはならぬとの自戒のためであった、
上官もその嘆願にしたがって少年兵の足に鎖をまき施錠した、という。
だが、第六十五連隊長両角業作大佐は、怒った。
たとえ、少年兵が望み願ったにせよ、そのような異常事をゆるすのは、
指揮官として欠格である。
「非人道もはなはだしい。鬼畜にもまさる敵軍の将校どもだ」
大佐は、怒りと哀悼の意を、涙でにじむ双眼で表明しながら、
酸鼻な少年兵の屍体に黙祷した。》
これは メッセージ 1742 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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