入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1938年8月29日 松本・梅思平会談

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/27 18:51 投稿番号: [1734 / 2250]
松本重治著   『上海時代・下』   中公新書
306〜307p


《 八月二十九日から、五回にわたって会談した。

初めは香港ホテルで始めたが、最初二、三回ぐらいで済むと思ったが、

梅君は、なかなかの論客で、しかもネタを少しずつ出すという態度であり、

おまけに、通訳入りなので、話が進まず、結局、五回になってしまった。

終ったのは九月三日の土曜日であった。

汪派であり外交部科長の周陸庠君が終始通訳をやってくれた。

日本語がすごく巧いうえ、人柄もよかった。



私は、第一回の会談では、まず梅君がどういう人物であるかを確かめる必要が

あったので、冗談をいったり、私の身の上話などをしたら、

彼も、だんだんほぐれて、彼の身の上話や、得意の江寧県の模範県長時代の話をしたが、

おかげで借金が出来てしまったこと、しかし、そのため蒋介石に認められたこと、

それから、周仏海とは、CC団の同志であり、

陥落以前から南京で和平問題を談じ合ってきたことなどを、率直に話してくれた。



そんなことで、ずいぶん時間が要ったが、別れる前に、私が、

和平運動の成否は撤兵にあり、撤兵のためには、日本側としては

蒋介石の下野が必要だと、簡潔に話すと、

梅君は、急に真剣になり、「松本君のいうとおり、撤兵は和平運動の要であるが、

蒋の下野を日本側が要求するというかたちはまずい」   と、言下に断言しながら、



次回は、その間題からゆっくり話そうといった。

そして、あとをつけられるといけないから、

明日はグロスターハウス・ホテルにしようと提案したので、承知した。

しかし、私は疲れやすいので、ランチのあと、ちょっと午睡   (ひるね)   をしてから

毎回午後三時としようと頼み、梅君も諒解してくれた。》


つづく
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