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1937年 塚本氏の見たジャキノ避難民区

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/17 15:17 投稿番号: [1713 / 2250]
塚本誠著   『ある情報将校の記録』


218p

《 払暁、歩兵部隊に先んじて市街に進出すると、

敵影を認めないばかりか住民はすべて南市北部フランス租界に近い地区に集められ、

その避難民区は、その周囲にフランスの小旗を掲げて標示されている。

この地区に近づくと、背広に巻脚絆姿の日本人が挨拶した。

上海総領事館の田中正一領事である。



田中さんの話によると、この避難民区は、

カトリックの神父でジャキノーというフランス人の志によって設けられ、

「ジャキノー避難民区」   と呼ばれているという。》



219p

《 ここで   「ジャキノー避難民区」   についてふれておきたいと思う。

ジャキノー神父は、かねがね上海周辺の避難民の救済に心を痛め、

対策の一つとして南市避難民区を考えたのだが、それを創設するについては

日本側、とりわけ軍部の同意をとりつけることが先決であった。



神父がその手懸りをつかむことができず困っていたのを知った

英紙   「マンチェスター・ガーディアン」   のティンパレー特派員が、

同盟通信の松本重治氏を訪ねて仲介の労を頼んだ。

松本さんの尽力で、日高総領事および軍特務部の楠本実隆大佐の

同意が得られたということである。



南市の避難民対策では、ジャキノー神父の志に感じて青幇の巨頭杜月笙が

その組織を動員して煎餅や乾パンなどの食糧その他の配給に当たった。

この避難地区には、その後大場鎮付近などからも避難民が殺到し、

ジャキノー神父は上海戦だけでも、

飢餓に瀕した六十万余の人命を救ったといわれる。》
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