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1938年7月14〜16日 張鼓峯事件処理要綱

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/07 18:40 投稿番号: [1694 / 2250]
井本熊雄著   『支那事変作戦日誌』
254〜255p


《 作戦課は直ちに   「張鼓峯事件処理要綱」   として左記を立案し、

十四日省部の首脳の決裁を得て当面の処理方針とした。


  一、日満両国政府より、対ソ強硬抗議により外交交渉によって撤兵させる。

  二、外交折衝の状況悪化した場合の万一に即応するため、

    所要に応じ兵力を事件正面に集中する。

  三、実力行使は中央の命令による。



同時に右の方針を、参謀次長より朝鮮軍に打電した。

陸軍省も次官電で同趣旨を七月十五日打電したが、特にその末尾に、

「ソ側が万一我要求に応ぜずして撤退せざる場合、

直ちに武力を以てこれを駆逐すべきや否やは、慎重な考慮を必要とす」

と一本釘をさしている。以上の趣旨を現地軍に明示するため、

七月十六日左記大陸命が発令せられた。



  大陸命第一五四号

  一、朝鮮軍司令官ハ   張鼓峯附近ニ於ケル蘇軍ノ不法越境ニ対シ

    所要ニ応シ   在鮮部隊ヲ国境ニ近ク集中スルコトヲ得、

    但シ之ガ実力行使ハ命令ニ依ル

  二、細項ニ関シテハ   参謀総長ヲシテ指示セシム



右の発令とともに、参謀本部より、

「右の命令による措置は外交折衝支援の示威手段であると共に、

万一の場合に応ずるために事件正面に兵力を集中することを認められたものである。

これが実施は貴電意見の如く、大局の見地から慎重に善処せられたい。

対ソ折衝はモスクワおよびハルビンで行われる筈。



なお当部より連絡のため有末中佐   (作戦課)   および甲谷少佐   (第二部ロシア班)   を

派遣する」   と打電した。

有末、甲谷両参謀は十六日午後東京を出発し、右命令を携行して京城に向った。》
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