入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1938年 高宗武、日本で要人と会う

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/06 18:44 投稿番号: [1692 / 2250]
松本重治著   『上海時代・下』   中公新書
302〜303p


《 高君は、影佐大佐や今井中佐の引廻しで、多田参謀次長や板垣陸軍大臣とも会った

(今井武夫著   『支那事変の回想』   六九ページ参照)。

また、私の紹介で   (犬養氏の希望もあり)、

高君は、市兵衛町の住友家の別邸で犬養健氏にも会った

(犬養健著   『揚子江は今も流れている』   二三−八四ページ参照)。

また、私は犬養氏を影佐大佐に紹介した   (同上、五八−六八ページ参照)。



そして、岩永さんのところへも高君を連れていった。途中、車のなかで、

「宗武、岩永さんには、何でも話してさしつかえはないよ。

僕の最も尊敬しているボスなんだもの」   と説明しておいた。

岩永さんは高君を温かく迎えてくれたが、高君は、



「では、ご挨拶やお礼は抜きで、本論に入らせていただきます。

こんどの和平運動は、松本君と僕とがやり始めたのです。

こんどの訪日で、陸軍の責任者たちも、撤兵の声明、領土・賠償の不要求、

治外法権の撤廃というような線を考えておられることが判りました。

これならば、中国側も、抗戦路線を止揚して、和平運動がやれるという確信ができました。



ただ、蒋介石領導とするか、汪兆銘領導とするか、私自身、まだ迷っているのです。

一長一短ありますからね。しかし、日本側には、どうも、汪兆銘相手ならば

という気分があるようです。

中国側では、この点がまだ問題で、日本側としては、戦争の大乗的解決に、

ほんとに固まっているかが問題です。岩永さんあたりのご尽力が願わしいです」

と述べた。



岩永さんは、 「正直、率直なお話を聞いて、嬉しく思います。

お話の要点は判ったように思いますから、

近く近衛総理にも、あなたの話を伝えて、善処するよう話しましょう。

おからだを大切にね」   といってくれた。》



*   高宗武は日本に来て、安全に、和平の話ができる。

   日本軍が彼の安全を護ってくれている。

   逆の事が中国で可能だろうか?

   日本人は重慶に行けない。

   それどころか、高宗武自身、中国に帰ったら、命の保証はない。

   日本人と和平を話し合う事が、敵対行為とされている。

   どちらが平和的な国家か?   平和主義者は事実を見るべきだろう。
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