入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1937年 英国人の中国軍援助

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/05/30 18:46 投稿番号: [1679 / 2250]
富士信夫著   『「南京大虐殺」   はこうして作られた』   には、

松井大将の証言として、次のようなことが書いてあります。


203p

《 当時、上海付近の欧米諸国はほとんど大部分が支那側に同情していたが、

・・・一、二の実例を上げれば、イギリスは上海付近の支那軍に対して、

糧食、武器の援助をしていた。》


263p

《 本作戦に対する列国軍民の態度には遺憾なもの少なくなく、

彼らは厳正な中立国として一九三二年列国の停戦協定を守らず、

中国政府及びその軍隊に同情するのあまり、直接間接に日本軍の作戦を妨害し、

中国軍の作戦に便宜を与え、時にはこれを援助する行動も少なくなかった。

例えば、その国旗を中国軍の悪用に任せ、あるいは中国軍に武器を与え、

食糧を供する等、中立国として偏頗   (へんぱ)   な行為にでたのである。》



また、鈴木明著   『新「南京大虐殺」のまぼろし』   194〜195pによりますと


《『八一三淞滬 (しょうこ) 抗戦』・・・劉勁持は、こう書いている。

・・・

何日か経って、私はとんでもない話をきいた。

王敬久は八十七師の司令部と、共同租界を電話線で結び、

本人は   (イギリス)   租界地から電話で指揮を出していた、というのだ。


一方、八十八師は蘇州河に沿った河岸に建っている堅牢な建物である

〝四行倉庫〟   に本部を移してしまった。この一帯なら対岸がイギリス租界だから、

日本軍も誤爆を恐れて空中から爆撃を行うようなことはなかった。》



そして、戦史叢書   『支那事変   陸軍作戦1』   の383pには

「中国軍の記録   ―   淞滬付近の戦闘 (二)   『抗戦簡史』」   の記述として


《 次いで   (10月)   三〇日新芤鎮以南で抵抗を継続した。

この際、わが方の撤退掩護の任務をもって閘北四行倉庫を死守する八百の勇士は

ついに孤立となったが、命により撤退しかつ英国の好意により租界内に退入した。》



と書いてあります。   これ以外にも、

英軍は日本軍の海上作戦に対するスパイ行動らしきものまでしていました。

杭州湾上陸作戦のため、日本艦隊が陸軍輸送を秘密裏にやっていたところ、

たまたま、英国駆逐艦に出くわします。



戦史叢書   『中国方面海軍作戦〈1〉』   439pには


《(11月4日)   17:29、二三〇度方向一五粁付近に英国駆逐艦を認めた。

同艦は船団前方を横切り、   18:10   「川内」   の左舷正横二、五〇〇米を

反航航過し、船団に接近した。

「由良」   及び第十六号掃海艇は英艦と同航監視した。



H作戦部隊指揮官は我が企図を暴露することを防ぐため、18:56、同作戦部隊あて、

「由良付近ニ英国駆逐艦アリ   極力送信電波ヲ捜索補捉セバ直グ知ラセ」   と命令した。

英国駆逐艦は第二船団左舷側を反航航過後第一船団に差しかかったので、

「木曾」   及び直衛の駆逐艦は煙幕を展張し、船団を遮蔽した。

やがて煙幕の陰に英国駆逐艦を見失った。》



とあります。

英国駆逐艦は日本船団の前を横切り、反転航行して接近したというのです。

行き先を探り、通報しようという魂胆だったのかも知れません。

こうなると、中立の枠を超えて、完全に中国軍に味方しています。
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