1938年6月10日 満ソ境界線の視察2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/05/03 14:11 投稿番号: [1621 / 2250]
辻正信著
「ノモンハン秘史」
毎日ワンズ
35〜37p
《 十八号界標は、東寧と綏芬河の中間に位する戦略上の要点である。
その最高地は地図上では満領になっているが、ソ連兵はしばしば越境して、
境界石を西に移している形跡が窺われる紛争の地点であった。
「明日はぶつかるかも知れんから十分覚悟して、精兵四、五名だけを軽装で準備し、
軽機一挺と、三挺の小銃と、各人五個の手榴弾を準備するように」
と注意を与え、夜更けるまで天幕の内で語り続けた。
敵と、僅かに二、三百メートルを隔てて相対峙している守備隊将兵は、
一日として戎衣 (じゅうい) を解く暇がない。
緊張の長い連続ではかえって弛緩 (しかん) を来たすのではなかろうか、
とさえ感ぜられるところがある。
六月十日の朝、どんより曇った空は雨を含んでいる。
若月少尉に指揮された一分隊の兵はさすがに緊張そのものであり、鉄兜に
身を固めている。糧食は二食分だけであるが弾丸だけは十分に携行していた。
「今日は紛争地点の偵察である。十分注意して決して声や音を立ててはならぬ。
命令するまでは絶対に撃つな」
と注意を促して、降り出した雨の急坂をよじ登った。
丈余の草を掻き分けながら潅木 (かんぼく) の繁った険しい坂を息を殺しつつ、
ソ連の歩哨線に歩一歩近づいて行く中にすっかり全山が濃霧に包まれてきた。
困ったことだ。
この霧の中で進路を見失って深入りしてはならぬと用心しながら登り着いたとき、
偶然か天柘か、墓標に似た高さ三尺くらいの界標石を高地の上に見つけ出した。
表面の刻字はロシア語で書かれ、
裏面には 「一九〇三年」 の文字が深く彫り込まれている。
土中に深く埋められてあるべきはずなのに、倒れたままであり、
新しい土さえ付いている。最近掘り起こして位置を動かしたものと断定を下した。
図上の国境線よりも約二百メートル西方に捨てられている。
ソ連兵の仕業 (しわざ) にちがいない。
雨は段々激しくなってきた。霧のため百メートル前方は見透しがつかぬ。
これは何よりの幸いであった。
「どっこいしょ」 と両手でこの界標石を肩に担ぎ上げた。
なかなか重いが兵隊たちの手前、下ろす訳にはいかぬ。
肩に喰い入る重みを両脚で支えながら、高地の尾根伝いに東の方に忍び足で進んだ。
虎の尾を踏むような気がする。ソ連の歩哨が眼の前に見えそうだ。
咳一つする者もなく、軽機を肩から下ろし、腰だめ射撃の用意をして
石を担いだ参謀の両側に散開した六名の将兵が、全部の神経を前方に集めながら
雨の中の章を分けつつ進んだとき、突然一人の兵が大声で、
「ガース!」
と叫んだ。
敵前至近の距離だ。何という不謹慎であろう。
誰も瓦斯面 (カスマスク) は持って来なかった。
「ガース」 と叫んだ兵にただしてみたら鼻をつまみながら顔をしかめている。
「変なにおいがします。臭いです」
正体はたちまちわかった。
参謀殿が肩の重い石に圧 (おさ) えられて放屁したのである。
音を立てないようにと我慢しながら発散した瓦斯だ。
「確かに瓦斯にちがいない。しかし、この瓦斯は害にはならぬよ」
瓦斯の正体を初めて明らかにしたが、平常なら爆笑が起こるであろうに、
敵前至近の距離で苦しそうに口を押さえ腹を抱えて笑い声を殺している。
幸いにして敵の歩哨に見つけられることなく、
界標石を約二百メートル東方に移して埋めた。
図上の国境線を現地で標識したのである。
雨と霧とのおかげで、この敵前作業は犠牲と紛争を起こすことなく終わった。》
35〜37p
《 十八号界標は、東寧と綏芬河の中間に位する戦略上の要点である。
その最高地は地図上では満領になっているが、ソ連兵はしばしば越境して、
境界石を西に移している形跡が窺われる紛争の地点であった。
「明日はぶつかるかも知れんから十分覚悟して、精兵四、五名だけを軽装で準備し、
軽機一挺と、三挺の小銃と、各人五個の手榴弾を準備するように」
と注意を与え、夜更けるまで天幕の内で語り続けた。
敵と、僅かに二、三百メートルを隔てて相対峙している守備隊将兵は、
一日として戎衣 (じゅうい) を解く暇がない。
緊張の長い連続ではかえって弛緩 (しかん) を来たすのではなかろうか、
とさえ感ぜられるところがある。
六月十日の朝、どんより曇った空は雨を含んでいる。
若月少尉に指揮された一分隊の兵はさすがに緊張そのものであり、鉄兜に
身を固めている。糧食は二食分だけであるが弾丸だけは十分に携行していた。
「今日は紛争地点の偵察である。十分注意して決して声や音を立ててはならぬ。
命令するまでは絶対に撃つな」
と注意を促して、降り出した雨の急坂をよじ登った。
丈余の草を掻き分けながら潅木 (かんぼく) の繁った険しい坂を息を殺しつつ、
ソ連の歩哨線に歩一歩近づいて行く中にすっかり全山が濃霧に包まれてきた。
困ったことだ。
この霧の中で進路を見失って深入りしてはならぬと用心しながら登り着いたとき、
偶然か天柘か、墓標に似た高さ三尺くらいの界標石を高地の上に見つけ出した。
表面の刻字はロシア語で書かれ、
裏面には 「一九〇三年」 の文字が深く彫り込まれている。
土中に深く埋められてあるべきはずなのに、倒れたままであり、
新しい土さえ付いている。最近掘り起こして位置を動かしたものと断定を下した。
図上の国境線よりも約二百メートル西方に捨てられている。
ソ連兵の仕業 (しわざ) にちがいない。
雨は段々激しくなってきた。霧のため百メートル前方は見透しがつかぬ。
これは何よりの幸いであった。
「どっこいしょ」 と両手でこの界標石を肩に担ぎ上げた。
なかなか重いが兵隊たちの手前、下ろす訳にはいかぬ。
肩に喰い入る重みを両脚で支えながら、高地の尾根伝いに東の方に忍び足で進んだ。
虎の尾を踏むような気がする。ソ連の歩哨が眼の前に見えそうだ。
咳一つする者もなく、軽機を肩から下ろし、腰だめ射撃の用意をして
石を担いだ参謀の両側に散開した六名の将兵が、全部の神経を前方に集めながら
雨の中の章を分けつつ進んだとき、突然一人の兵が大声で、
「ガース!」
と叫んだ。
敵前至近の距離だ。何という不謹慎であろう。
誰も瓦斯面 (カスマスク) は持って来なかった。
「ガース」 と叫んだ兵にただしてみたら鼻をつまみながら顔をしかめている。
「変なにおいがします。臭いです」
正体はたちまちわかった。
参謀殿が肩の重い石に圧 (おさ) えられて放屁したのである。
音を立てないようにと我慢しながら発散した瓦斯だ。
「確かに瓦斯にちがいない。しかし、この瓦斯は害にはならぬよ」
瓦斯の正体を初めて明らかにしたが、平常なら爆笑が起こるであろうに、
敵前至近の距離で苦しそうに口を押さえ腹を抱えて笑い声を殺している。
幸いにして敵の歩哨に見つけられることなく、
界標石を約二百メートル東方に移して埋めた。
図上の国境線を現地で標識したのである。
雨と霧とのおかげで、この敵前作業は犠牲と紛争を起こすことなく終わった。》
これは メッセージ 1619 (kir**gotowa**me さん)への返信です.