5月5日 松本重治氏 古野氏と会談1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/04/16 18:44 投稿番号: [1586 / 2250]
松本重治著
『上海時代・下』
中公新書
283〜285p
《 五月三日だったか、青島支局から、
古野さんが上海へ向け船で発たれた、という無線連絡があった。
・・・
五日、碼頭で古野さんのニコニコした顔を見て、ほんとうに嬉しかった。
・・・
私は古野さんをホテルまで送った。
「古野さん、お疲れでしょうが、ちょっとお話をうかがいたいのですが、いいですかで」
というと、 「いいよ、いいよ」
と答えられて、部屋で古野さんと二人だけになった。
「古野さん、板垣
(征四郎)
さんと山東の前線でお会いになったそうですが、
おさしつかえなければ、何でも私の参考になるようなお話をしてください」
と頼むと、古野さんは、 「何から話したらいいのかね」
と尋ねられたので、
「『対手にせず』
の声明のあと、近衛さんは、どういうふうに
この戦争を始末されるつもりなのでしょうか?」
と私はまず質問した。
「松本君、君の質問は図星だよ。それと板垣君との会見とは、関係があるんだよ。
新聞に出ないことばかりが多すぎてね。
君だから話すが、近衛さんは、例の声明が蒋介石には痛くも痒くもないと知ったとき以来、
例の声明は大失敗だったと悟った。
近衛さんは内閣総辞職を考えたが、重臣や宮中が許さない。
それで、近衛さんは、徐州作戦に一応のケリがつくであろうころをねらって、
内閣大改造を真剣に考えているのだ。
蒋介石との直接交渉をやるために、外務大臣を替える。
先月法律となった国家総動員法や電力国家管理法を私企業と調和せしめるには、
大蔵・商工の両大臣を替える。そして宇垣
(一成)
や池田
(成彬)
のような
大物をもってくることを考えているようだが、いちばん難しいのは陸軍大臣だよ。
それには、近衛さんは、かつて石原
(莞爾)
が推薦したが実現できなかった
板垣陸軍大臣説を構想したのだ。近衛さんが岩永さんに相談したら、
岩永さんが、 『古野君を秘密の特使としてやれば板垣も承諾するだろう』
と
智恵をつけたので、近衛さんから直接に僕に行ってくれという話になっちゃったのだよ。
板垣君と僕とは
『国通』
創設以来の親しい友人だろう。
それで、国家の安危に係わる重大問題なので、致し方なく僕が説得役を引き受けたわけだ」
「それまでの筋道は判りましたが、古野さん、板垣は首を縦に振ったのですか」
「ウン、初めは何とか断っていたが、よく話をしたら、結局、徐州作戦が終れば、
といって内諾してくれた。僕も大任を果して、今、ちょっとホッとしているところさ。
だが、これはまだ当分は絶対秘密だよ」》
つづく
これは メッセージ 1564 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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