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ティンパーレーは国民党の宣伝工作員

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/04/07 16:11 投稿番号: [1568 / 2250]
実はティンパーレーは、国民党の宣伝工作員だったのです。


鈴木明著   『新 「南京大虐殺」 のまぼろし』   291〜292p


《 何回目の中国旅行のときであったか、A君はある日、七百頁ぐらいの

『近代来華外国人名辞典』 (中国社会科学出版社、一九八一年十二月出版)

の奥付がある本を持って来て、 「多分、これじゃないか」   と、

なにげなくこの、やや手あかによごれた一冊の本を渡してくれた。



彼の友人が以前買って、結構便利に使っている、という人名辞典であった。

そして、そこに遂に   「田伯烈(ティンパーレー)」   の名前が出ていたのである。

たまたまコピーもなかったので、これはそっくり手書きで書き写した。

念のため、はじめに原文通りを、中国文のままご紹介する。



「田伯烈   (一八九八〜   )   廷珀利・哈羅徳・約翰

澳大利亜人、第一次世界大戦後来華、任路透社駐北京記者、後又任

《 曼徹斯特、衛報 》   (Manchester Guardian)   及美国聯合報   (即美聯社)

駐北京記者、一九三七年盧溝橋事変後、国民党政府派他前往英美做宣伝工作、

嗣任国民党中央宣伝部顧問、編有   《日人在華的恐怖》

(The Japanese Terror in China   一九三八)   一書」 (原文は簡略字体である)。



「(訳文)   ティエンパレー、   ハロルド・ジョン・ティエンパレー、

一八九八年生れ。オーストラリア人、第一次大戦後中国に来る。

ロイター通信の北京記者となる。

その後マンチェスター・ガーディアンとAPの北京駐在記者を兼ねる。

一九三七年盧溝橋事件後、国民党政府は彼を英米に向けて派遣し、

宣伝工作に当らせ、次いで国民党中央宣伝部の顧問に任命した。

編著に   『中国に於ける日本人の恐怖』 (一九三八年)一書がある」》



北村稔著   『「南京事件」   の探求』   文春新書   43p


《 曽虚白は、ティンパーリーとの接近について次のように言う。

「ティンパーリーは都合のよいことに、

我々が上海で抗日国際宣伝を展開していた時に上海の   『抗戦委員会』   に

参加していた三人の重要人物のうちの一人であった。

・・・

漢口   〔南京陥落直後の国民政府所在地〕   に来てもらい、直接に会って全てを相談した。

我々は秘密裏に長時間の協議を行い、国際宣伝処の初期の海外宣伝網計画を決定した。

我々は目下の国際宣伝においては中国人は絶対に顔をだすべきではなく、

我々の抗戦の真相と政策を理解する国際友人を捜して

我々の代弁者になってもらわねばならないと決定した。



ティンパーリーは理想的人選であった。かくして我々は手始めに、金を使って

ティンパーリー本人とティンパーリー経由でスマイスに依頼して、

日本軍の南京人虐殺の目撃記録として二冊の本書いてもらい、

印刷して発行することを決定した。

〔中略〕このあとティンパーリーはそのとおりにやり、〔中略〕

一つの書物は売れ行きのよい書物となり宣伝の目的を達した」。(曽虚白『自伝』より)》



*   というわけで彼は国民党の宣伝工作員だったわけです。

   前回出の   『「南京虐殺」   への大疑問』   205pの中で、松村俊夫氏が、

  「ティンパレーは、ここでおかしいと考えつかねばならなかった。」   と

   書いていましたが、工作員だから、気にする必要もなかったわけでしょう。
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