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12月10日 雨花台の攻防

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/08/25 18:32 投稿番号: [156 / 2250]
児島襄著 『日中戦争4』 198〜201p

この日、前述した第 16 師団の紫金山、第 9 師団の光華門進出につづいて、
第 6 師団が雨花台にせまった。

雨花台は、南京城・中華門外の高地であるが、紫金山とともに南京城外の本防護地である。

深い地隙がいりくんだ波状の台地には、対戦車壕、鉄条網、掩蓋 (えんがい) 銃座、
ベトン製トーチカがちりばめられ、その北側には高さ二十メートルの城壁がそびえている。

一歩ふみこめば、たちまち八方からの十字砲火をあび、そのうえに城壁上からの
瞰射 (かんしゃ) も加わる。

第 6 師団は、第 13 連隊を右、第 47 連隊を左にして雨花台を攻撃したが、
前進は 「至難」 であった。


地形、防禦陣地の稠密 (ちょうみつ)、
とくに第 47 連隊正面の安徳門東南約五百メートルの高地からの側射などのほかに、

ようやく南京にたどりついた安堵感がかきたてる疲労、
さらには中国側の旺盛な戦意が、苦戦の主因である。

とくに、中国兵の戦意は、これまでにも随所で視認した 「臨陣退却者 斬首」 の布告にも
表明されていたが、雨花台のトーチカ陣地には鉄鎖をまき、施錠してあるものが少くなかった。

第 6 師団第 11 旅団長坂井徳太郎少将は、これも死闘を強制する中国軍の
督戦方式であるとみなし、「人道上許シ得ナイ暴状」 だ、と批判している。
・・・

師団長谷中将は、夕刻、戦況を判断して攻撃部署を整理することにして、次のように指示した。

①第11旅団 (第 13、第 47 連隊) は右翼隊となり、中華門から城壁西南突角を攻撃する。

②第 36 旅団 (第 23、第 45 連隊)は左翼を担任し、西北にすすんで水西門、
   漢西門さらにその西方を攻撃する。

③野砲兵第6連隊の主力は右翼隊、一部は左翼隊に協力する。

④第 45 連隊第 1 大隊は、予備とする。

つまりは、南京城の主攻は第 11 旅団にまかす、というのである。
南京一番乗り   −   が、いまや中支那方面軍全部隊の〝合言葉〟になっている。

その願いが成就できなくて・・・は、はるばる上海、杭州湾から空腹と疲労に耐え、
途中で倒れた上官、戦友、部下の〝仇討ち〟をちかって進撃してきたかいがない。

・・・・
第 36 旅団は、南京城壁を目前にしながら、
その城壁の外側を運動せよ、といわれるにひとしい……。

旅団長牛島満少将が、そんな将兵の気持ちを代弁する形で、谷中将に意見具申した。

「ぜひ当旅団を、せめて旅団の一部でもよいから、
西南城壁の攻撃を担当させていただきたい」

中将は、第 36 旅団の第 45 連隊を城壁西方に進出させ、
第 23 連隊に西南角の攻撃をおこなわせることにした。

第 13 連隊は中華門、第 47 連隊は中華門と西南角の中間を目標にし、
野砲兵第 6 連隊は第 23 連隊支援を重点にする指示も、下達された。

第 114 師団長末松中将も、午後六時、第 128 旅団を右翼として雨花台、中華門と
その東側城壁、第 127 旅団は左翼に位置して東南角城壁と共和門を攻略するよう、命令した。

「師団ハ……速ニ   待望ノ   南京攻略ヲ   決行セントス」

他の師団でも、同様の命令が下され、いよいよ南京総攻撃が開始されることになった。
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