3月25日 松本氏 香港へ行く船中にて
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/04/01 15:05 投稿番号: [1556 / 2250]
松本重治著
『上海時代・下』
中公新書
273p
《 三月二十四日夕刻、エンプレス・オヴ・ロシア号に投じた。 「次郎」 「三郎」 「四郎」も、
それぞれ一両日前に上海をあとにして香港に向ったらしい。》
274〜276p
《 翌朝、食堂でジョンに出会った。・・・・
午睡を終えてから、フォン・ウィーガンのケビンに電話をかけ、
「松岡洋右さんからあなたのことはよく聞いている。一度お目にかかりたい」
といってアポイントメントをつくった。
約のごとくに、四時半、同氏の船室をノックすると、 「お入り」 という声がかかり、
対面したのは容貌魁偉な老人であった。 年のころ七十歳にも近く、背中も少し
曲った姿勢だが、さすが千軍万馬の老記者で、まなざしはいかにも鋭い。
「松岡さんとはもう二十年もの友人だ。
彼ほどの国際感覚をもつ政治家が、もっと多くあれば、日本はより幸福なのだが、
軍部は、猪突猛進型で、日本のためにはならない。
パネイ号撃沈事件など、自分は完全に誤爆だとは知っているが、
アメリカの世論は一時はひどく昂奮したものだったことは、君も知っているとおり。
松岡さんの友情にも酬いるために、私もアメリカ世論の沈静には、
微力を尽したつもりだ。ちょっとこれを見てくれ給え」 といいながら、
フォン・ウィーガンは鞄の中から、アメリカの新聞の全ページ大の広告で、
フォン・ウィーガンと署名のあるアッピールが載っているのを見せてくれた。
手にとってみると、パネイ号事件発生数日後の日附のもので、
「アメリカ国民よ、立ち止って考えよ」 (“Americans, Stop and Think”)
という題名で書かれたアッピールだ。
私の記憶に間違いなければ、フォン・ウィーガンは、
「軍艦パネイ号は戦争の渦中に捲き込まれた不幸の誤爆に過ぎない。
日本海軍機の不注意は責むべきであるが、
第一次世界大戦でアメリカの参加を決した原因、すなわちドイツ潜水艦による
客船ルシタニア号に対する故意の撃沈とは、ケースが全然違う。
米国民よ、冷静をとり戻して、考え直せ。日米戦争などを夢にも考えるべからず」
云々の意味のものを、率直端的に書いたものであった。
「松本君、このアッピールをスクリップス・ハワード系の各紙に掲載したので、
アメリカ輿論の沈静に何らかの貢献をし得たものと信じている。
こんな事件を、日本がまた二度とやれば、僕はもう知らんよ」 と、
先生が生徒を叱るような口調であった。
私はペンの威力に今さらのごとくに感心したが、昂奪する輿論に立ち向って、
正しいことのために、平和のために、筆を執った老記者の勇気に、
衷心から敬意を表せざるを得なかった。
数十年にわたり、ジャーナリストとしてかち得た彼の世界的名声を賭けての
この行動には、自然と頭が下った。「お目にかかり、光栄に存じます。
また日米関係のためにも、果断な行動に、敬意と感謝とを捧げます」 と述べて、
ケビンを出た。全ページ大のアッピールは、近来では、ときどき見られるが、
当時は、ごくまれで、フォン・ウィーガンのものは私にとって最初に見たものであった。
私は、ひどく感銘して、ケビンに戻っても、しばらく、このことで、頭が一杯であった。》
* このフォン・ウィーガンという記者は松岡洋右を高く評価している。
戦後の日本人は、歪んだ歴史認識で、理解できなくなっているが。
* ルシタニア号事件とは、第一次大戦中、ドイツの潜水艦が商船を無差別に
撃沈したもので、敵国だけでなく、中立国の船も沈めた。
当時米国は中立国だったが、米国船ルシタニア号も沈められた。
敵国である、日本の商船はもっと沢山 沈められた。
273p
《 三月二十四日夕刻、エンプレス・オヴ・ロシア号に投じた。 「次郎」 「三郎」 「四郎」も、
それぞれ一両日前に上海をあとにして香港に向ったらしい。》
274〜276p
《 翌朝、食堂でジョンに出会った。・・・・
午睡を終えてから、フォン・ウィーガンのケビンに電話をかけ、
「松岡洋右さんからあなたのことはよく聞いている。一度お目にかかりたい」
といってアポイントメントをつくった。
約のごとくに、四時半、同氏の船室をノックすると、 「お入り」 という声がかかり、
対面したのは容貌魁偉な老人であった。 年のころ七十歳にも近く、背中も少し
曲った姿勢だが、さすが千軍万馬の老記者で、まなざしはいかにも鋭い。
「松岡さんとはもう二十年もの友人だ。
彼ほどの国際感覚をもつ政治家が、もっと多くあれば、日本はより幸福なのだが、
軍部は、猪突猛進型で、日本のためにはならない。
パネイ号撃沈事件など、自分は完全に誤爆だとは知っているが、
アメリカの世論は一時はひどく昂奮したものだったことは、君も知っているとおり。
松岡さんの友情にも酬いるために、私もアメリカ世論の沈静には、
微力を尽したつもりだ。ちょっとこれを見てくれ給え」 といいながら、
フォン・ウィーガンは鞄の中から、アメリカの新聞の全ページ大の広告で、
フォン・ウィーガンと署名のあるアッピールが載っているのを見せてくれた。
手にとってみると、パネイ号事件発生数日後の日附のもので、
「アメリカ国民よ、立ち止って考えよ」 (“Americans, Stop and Think”)
という題名で書かれたアッピールだ。
私の記憶に間違いなければ、フォン・ウィーガンは、
「軍艦パネイ号は戦争の渦中に捲き込まれた不幸の誤爆に過ぎない。
日本海軍機の不注意は責むべきであるが、
第一次世界大戦でアメリカの参加を決した原因、すなわちドイツ潜水艦による
客船ルシタニア号に対する故意の撃沈とは、ケースが全然違う。
米国民よ、冷静をとり戻して、考え直せ。日米戦争などを夢にも考えるべからず」
云々の意味のものを、率直端的に書いたものであった。
「松本君、このアッピールをスクリップス・ハワード系の各紙に掲載したので、
アメリカ輿論の沈静に何らかの貢献をし得たものと信じている。
こんな事件を、日本がまた二度とやれば、僕はもう知らんよ」 と、
先生が生徒を叱るような口調であった。
私はペンの威力に今さらのごとくに感心したが、昂奪する輿論に立ち向って、
正しいことのために、平和のために、筆を執った老記者の勇気に、
衷心から敬意を表せざるを得なかった。
数十年にわたり、ジャーナリストとしてかち得た彼の世界的名声を賭けての
この行動には、自然と頭が下った。「お目にかかり、光栄に存じます。
また日米関係のためにも、果断な行動に、敬意と感謝とを捧げます」 と述べて、
ケビンを出た。全ページ大のアッピールは、近来では、ときどき見られるが、
当時は、ごくまれで、フォン・ウィーガンのものは私にとって最初に見たものであった。
私は、ひどく感銘して、ケビンに戻っても、しばらく、このことで、頭が一杯であった。》
* このフォン・ウィーガンという記者は松岡洋右を高く評価している。
戦後の日本人は、歪んだ歴史認識で、理解できなくなっているが。
* ルシタニア号事件とは、第一次大戦中、ドイツの潜水艦が商船を無差別に
撃沈したもので、敵国だけでなく、中立国の船も沈めた。
当時米国は中立国だったが、米国船ルシタニア号も沈められた。
敵国である、日本の商船はもっと沢山 沈められた。
これは メッセージ 1548 (kir**gotowa**me さん)への返信です.