3月16日、ホテルでの和平工作会合
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/03/28 18:45 投稿番号: [1548 / 2250]
松本重治著
『上海時代・下』
中公新書
270〜272p
《 翌十六日午後、カセイ・ホテルの一室で、高・董・伊藤と私の四人での会合があった。
高君は、董君の東京での話を一語も漏きず聴き入っていた。
高君は、一言をも吐かず、董君の話の高君なりの評価に耽っていて、黙ってばかりいた。
伊藤君が、少し栄気をつけないといけないと思ったのか、
「董君と西君と私の三人連れで東京から大連へ、松岡総裁に会いに行った。
そのウスリー号の船中で、西君を 『太郎』、 董君を 『次郎』、
私を 『三郎』 と称び合う約束をした。
日中和平運動のための盟友の誓いを表現するためでもあるが、
暗号電報にも利用すれば便利だと思って」 と話し出した。
私は 「宗武 (ツンウー)、君に反対がなければ、
君を 『四郎』 とし、 僕を 『五郎』としたらどうだい」 というと、
高君も引きずり込まれて、笑いながら、
「『四郎』 でいいよ。 君が 『五郎』 ならね」 と私にいう。
伊藤君が、「初めの三人は和平運動に登場した順序に因んでの命名だったのだから、
『四郎』 『五郎』 と称ぶことを高さんと松本さんとが承知してくれれば、
『太郎』 に異論があるはずはない」 というので、私が 「じゃあ、そう定めよう。
さしづめ影佐大佐は 『六郎』 と定めちゃおうや。 欠席裁判でいいよ。
それは僕が引き受けるよ。松岡さんのほか近衛さんとも話をしなければならないが、
当分は、日中双方で十名ぐらいに限ろうや」 と提案すると、みんなが賛成した。
高君は、しかし、あくまで冷静であり、まず質問を始め、伊藤君に対し、
「影佐さんや今井さんは、今、どういう地位にいるのかね」 と尋ねた。
すると、伊藤君は、 「影佐大佐は、昨年十一月から参謀本部に新設の謀略課長、
今井中佐は、ごく最近、同じく参謀本部の 『支那』 班長になったよ」 と答える。
「謀略課長」 ということばを聞くと、高君の顔つきが険悪になった。
私が、 「謀略課長という影佐大佐の肩書には、僕自身も恐れ入ったが、
ある意味では、土肥原と連想される 『特務機関』 の謀略とは全然違うのだろう。
新しい謀略課長の任務は、省部を合せて戦争の拡大傾向に対し、
これを克服するという謀略が、参謀本部にも必要なのであろう」 と茶々を入れると、
伊藤君が、「 それは、そうだ。うがった話だ」 といって、一同大笑いになった。
次に、董君が、 「影佐大佐から、何応欽・張群両氏それぞれに宛てた
二通の手紙を届けるため、漢口に行かなければならない」 といい出すと、
高君は、二度びっくりで、
「下手なことをやったら、董君も僕もやられてしまうよ。
これは、絶対慎重に取り扱わなければだめだよ」 と、
董君をたしなめるような口調でいった。
一本気の董君は、自然、少なからざる不興の面持で、
「私は漢口に行って、手紙を手渡ししてくる決心だ」 という。
それで、私がとっさにいった。
「僕が、四人のうち、いちばん年長者らしいから、
ちょっと私の意見をいわせてもらいたい。この大切な日中和平運動の門出に
あたって、同志のものが、喧嘩することなどは、絶対にけしからんことだ。
高君も、董君も、冷静に考え直してくれ給え。
西君は、月末に香港に直行するというから、香港での五人の会合で、
この問題の処理を話し合って決定しよう。この提案に、誰か異存があるかい?」 と。
高君が、真っ先に 「異議なし」 といいきったので、董君も、しぶしぶながら、
「僕も賛成だ」 といわないわけにいかなかった。》
つづく
270〜272p
《 翌十六日午後、カセイ・ホテルの一室で、高・董・伊藤と私の四人での会合があった。
高君は、董君の東京での話を一語も漏きず聴き入っていた。
高君は、一言をも吐かず、董君の話の高君なりの評価に耽っていて、黙ってばかりいた。
伊藤君が、少し栄気をつけないといけないと思ったのか、
「董君と西君と私の三人連れで東京から大連へ、松岡総裁に会いに行った。
そのウスリー号の船中で、西君を 『太郎』、 董君を 『次郎』、
私を 『三郎』 と称び合う約束をした。
日中和平運動のための盟友の誓いを表現するためでもあるが、
暗号電報にも利用すれば便利だと思って」 と話し出した。
私は 「宗武 (ツンウー)、君に反対がなければ、
君を 『四郎』 とし、 僕を 『五郎』としたらどうだい」 というと、
高君も引きずり込まれて、笑いながら、
「『四郎』 でいいよ。 君が 『五郎』 ならね」 と私にいう。
伊藤君が、「初めの三人は和平運動に登場した順序に因んでの命名だったのだから、
『四郎』 『五郎』 と称ぶことを高さんと松本さんとが承知してくれれば、
『太郎』 に異論があるはずはない」 というので、私が 「じゃあ、そう定めよう。
さしづめ影佐大佐は 『六郎』 と定めちゃおうや。 欠席裁判でいいよ。
それは僕が引き受けるよ。松岡さんのほか近衛さんとも話をしなければならないが、
当分は、日中双方で十名ぐらいに限ろうや」 と提案すると、みんなが賛成した。
高君は、しかし、あくまで冷静であり、まず質問を始め、伊藤君に対し、
「影佐さんや今井さんは、今、どういう地位にいるのかね」 と尋ねた。
すると、伊藤君は、 「影佐大佐は、昨年十一月から参謀本部に新設の謀略課長、
今井中佐は、ごく最近、同じく参謀本部の 『支那』 班長になったよ」 と答える。
「謀略課長」 ということばを聞くと、高君の顔つきが険悪になった。
私が、 「謀略課長という影佐大佐の肩書には、僕自身も恐れ入ったが、
ある意味では、土肥原と連想される 『特務機関』 の謀略とは全然違うのだろう。
新しい謀略課長の任務は、省部を合せて戦争の拡大傾向に対し、
これを克服するという謀略が、参謀本部にも必要なのであろう」 と茶々を入れると、
伊藤君が、「 それは、そうだ。うがった話だ」 といって、一同大笑いになった。
次に、董君が、 「影佐大佐から、何応欽・張群両氏それぞれに宛てた
二通の手紙を届けるため、漢口に行かなければならない」 といい出すと、
高君は、二度びっくりで、
「下手なことをやったら、董君も僕もやられてしまうよ。
これは、絶対慎重に取り扱わなければだめだよ」 と、
董君をたしなめるような口調でいった。
一本気の董君は、自然、少なからざる不興の面持で、
「私は漢口に行って、手紙を手渡ししてくる決心だ」 という。
それで、私がとっさにいった。
「僕が、四人のうち、いちばん年長者らしいから、
ちょっと私の意見をいわせてもらいたい。この大切な日中和平運動の門出に
あたって、同志のものが、喧嘩することなどは、絶対にけしからんことだ。
高君も、董君も、冷静に考え直してくれ給え。
西君は、月末に香港に直行するというから、香港での五人の会合で、
この問題の処理を話し合って決定しよう。この提案に、誰か異存があるかい?」 と。
高君が、真っ先に 「異議なし」 といいきったので、董君も、しぶしぶながら、
「僕も賛成だ」 といわないわけにいかなかった。》
つづく
これは メッセージ 1546 (kir**gotowa**me さん)への返信です.