8月13日 中国軍の上海攻撃開始
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/03/30 18:51 投稿番号: [1553 / 2250]
長谷川長官は再度、陸軍の派遣を要請します。
この状態に至って、やっと四相会議が開かれました。
しかし、難航します。
参謀本部の石原第一部長が
「ウン」
と言いません。
戦史叢書
『中国方面海軍作戦〈1〉』
316p
《 8月12日夜、四相会議が開かれ、米内海相が陸軍の上海派兵の方針決定を要求、
各大臣とも異存なく、翌日の閣議に上程することとなった。
ところが散会後、杉山陸相から米内海相あて
「当初の計画時とは著しく
変わった状況となったので、出兵については最も慎重に考慮すべきだ」
という意見を参謀本部は述べている旨、通知があった。
そして、13日
早朝
参謀本部第一部長石原莞爾少将が、
近藤軍令部第一部長に
「出兵不同意」
を表明してきた。》
近藤軍令部第一部長は、何とか石原莞爾参謀本部第一部長を説得して、
やっと、この議題を閣議に上程することができました。
そのころ、上海では、
317p
《 午前
10:30
ごろ商務印書館付近にいた中国軍が日本側陣地に対し
突如機銃射撃を浴びせてきた。 我が方は応戦したが、
不拡大方針に基づき極力当面の交戦を避けるように努めた。》
一方、日本では、閣議でやっと陸軍の派兵を決定しました。
そこで軍令部は長谷川司令長官に電報します。
316p
《・・・同方面ニ於ケル
作戦上ノ地歩ヲ
獲得スル迄
(概ネ
陸軍主力上陸迄ニテ
動員下令後
二十日間)
ハ
爾他ノ各地ニアリテハ
ナルベク
武力発動ニ至ラザルヲ
有利トス・・・》
陸軍は下令してから到着まで20日は掛るので、それまではなるべく動くなという事です。
向こうはとんでもない大軍、こちらはたったの4千人
うかつに動けないのは当然です。
そうは言っても相手のあることですから、そうも行きません。
敵は、租界の周囲のどこからでも、攻めて来れるのです。
中国側の資料
( 8.13淞滬抗戦 劉勁持)
には
《12日
営長の一人が
『租界への出入りは簡単だ。ピストルを持って日本の司令部の回りを見てきたが、
一度もチェックを受けなかった。今夜あたり進撃をかけてもいいのでないか』
といって、夜が過ぎるのを待った。
13日
正午
88師と租界線をこえて宝山路・四川路などに展開していた、
日本陸戦隊との間で小競り合いが始まり “8.13抗戦” が始まった。》
( 鈴木明著
『 新
「南京大虐殺」
のまぼろし』
195pより )
とあります。
戦史叢書
『中国方面海軍作戦〈1〉』
316p〜317p
より要約
《 16:54
八字橋方面の中国軍が攻撃を開始した。》
*
ここから、夜とも昼ともない中国側からの攻撃が続き、
少人数の陸戦隊は不眠不休の防戦を強いられます。
つづく
これは メッセージ 1549 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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