8月9日 大山中尉虐殺事件1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/03/22 18:47 投稿番号: [1536 / 2250]
揚子江上流から引き揚げ者が上海に到着したその日に大山中尉虐殺事件が発生しました。
この日は和平会談が設定されていた日でもあります。
児島襄著
『日中戦争4』
文春文庫
66〜68p
《 その日、上海で、上海陸戦隊第一中隊長大山勇夫中尉と一等水兵斎藤與蔵が
殺害される事件が発生した。
大山中尉は、斎藤一水が運転する乗用車にのって、
虹橋飛行場南東隅の西門の北約百メートルの碑坊路を通行中、
上海市保安総団の一部に襲撃され、二人とも殺されたのである。
翌日
有島軍医少佐と中国側の法医学者孫達方が作成した屍体検案書には
次のように記録されている。
「一、死亡者ノ氏名
大山勇夫
一、死亡ノ原因
他殺
( 頭蓋粉砕骨折、左前胸部刺殺傷、左前胸部射傷、右腰部射傷、
左腰部盲貫銃創、左腹壁ニ鉛弾ヲ蔵ス )
以上各傷。
一、死後経過時間
九時間」
「一、死亡者ノ氏名
斎藤與蔵
一、死亡ノ原因
他殺
( 顔面挫傷、右頭頂部複雑骨折、後頭部貫通射傷、肋骨骨折 )
一、死後経過時間
十時間」
大山中尉は拳銃をもたず、斎藤一水は肩にかけるホルスターにいれていたが、
発砲のひまもなく射殺されたものとみられた。
二人の死体には、検案書に記載されたもの以外にも傷があり、
大山中尉の場合は、腰部の盲管銃創をうけて車外に倒れたところを、
銃剣で胸を刺し、大刀で頭部を斬り割ったらしい。
「脳漿は全部出てしまい、心臓部にこぶし大の穴があいていた」
と、有馬軍医少佐は、記者会見で語っている。
斎藤一水の頭部貫通銃創は、即死をもたらしたとみられ、
したがって、顔面、頭部の挫傷と骨折は、死体をひきずりだし
銃床をたたきつけたものと、推定された。
「通州事件」
にひきつづいての惨殺事件である。日本国民は、文字どおりに憤激した。
報告をうけた軍令部は、しかし、事態を局地に解決すべく、
責任者の陳謝と処刑、将来の保障その他を中国側に要求することにした。》
* 「心臓部にこぶし大の穴があいていた」
とありますが、
これは、心臓をとって食べたという事かも知れません。
義和団事件のとき、書記官の杉山彬は董福祥甘軍に捕まり
四肢を断ち、その身体を割くという残虐な殺され方をされています。
張徳成は、群衆に対して
「かれ
(杉山書記官)
の鼻、耳、口、指を切り落し、身体をめった切りにし、
背の皮をはいで腰帯にし、その心臓をくりぬいた。・・・
まだあたたかく動いている日本人の心臓を前方に放りなげた。・・・
われわれは敵の心臓を切りきざんで食ってしまった。」
と威張って言いました。
「心臓部にこぶし大の穴」
なら、多分、そういうことになるでしょう。
つづく
これは メッセージ 1534 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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