盧溝橋事件3 白々しい嘘の秦徳純
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/02/29 18:39 投稿番号: [1491 / 2250]
《 桜井顧問は
「イヤ今度は止めやせん。
ただちょっと貴方にお話しておかにゃならん事があるんです」
と切り出しました。
「ここに来る前、私は秦徳純に会いました。ところが先方は
『城外には一兵も配置しておらん』
と言うんです」
「そんな事は絶対ありません。現に…」
「まー、私の話を聞いて下さい。それでもし城外で銃声がしたと言うなら、
それは29軍の兵士でなく匪賊かもしれん。便衣隊の仕業かも知れん。
あるいは西瓜畑の番人が泥棒と間違えて撃ったかも知れない、と言ってるんです」。
「そんな馬鹿な…」
「まー待って下さい。それからこうも言っとるんです。
もしかしたら29軍の兵士かも知れない。
だとしたら上司の命令を聞かないワカラズヤどもだから、
攻撃しようと討伐しようと、日本側のご自由に、とこう言うんです」
「へー」
「そこで私の意見を申し上げますと、宛平県城には一般民衆も住んでいますから、
どうかこの城だけは攻撃しないで下さい」
「承知しました。宛平県城に対しては銃先を向けません。
その代わり城外にいる匪賊か便衣隊か西瓜泥棒か判らんやつは攻撃します」
「そうして下さい。じゃあ私は宛平県城に入りますから」
と言って二人は別れました。
宛平県城に軍使一行が入り、中国軍営長金振中と話している時に戦闘が始まりました。
第四回目の銃撃を受けたので、これをきっかけに反撃を開始したのです。
時に昭和12年7月8日午前5時30分
このため、交渉は打ち切りとなり、軍使は人質状態となりました。
寺平補佐官は、人質状態の間、
一旦始まった戦闘をいかにして停止させるかを考えていました。
そこで考えついたのは、永定河を挟んで兵を別けるという方法です。
日本軍を東側に、中国軍を西側にです。近くにいたら撃ち合いを始めますので、
鉄砲の弾の届かない、この位の距離が必要なのです。
これを金振中に話すと
「同感です、これが一番理想的な解決方法でしょう」
と賛成しました。
ところが
「ただ私はこの地区の警備を任されています。私が西側に行くと、
職場放棄で命令違反となります。従って私の一存では動けません」
と言ったのです。
そこで北京に行って、話しをつけることになりました。
一方、日本軍の方は、中島から反対岸まで進んでいました。
この間、日本軍が相手していたのはれっきとした中国軍です。
西瓜泥棒などではありません。
戦闘が始まったとき、宛平県城の中国兵は日本軍に向かって発砲しました。
桜井顧問が
「撃つな」
と言っても聞きません。
「仲間が殺されてるのを黙って見ておれるか」
と憤っていたのです。
それなら最初から
「外の兵は中国兵」
と認めていれば、話は簡単だったのに、
最初から認めていれば、謝罪だけで済んだものを。なぜか中国は嘘をつくのです。
そして事態をややこしくさせます。
つづく
これは メッセージ 1488 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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