入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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2月7〜8日 ラーベの日記

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/02/24 18:52 投稿番号: [1478 / 2250]
二月七日

《 軍服など、道路にばらまかれていた兵士の持ち物をうずたかく積み上げて

燃やしたあと、日本軍はやはり道路に置き放しになっている壊れた車に火を放った。

むろん、使える部品をあらかじめそっくり取り出しておいてからの話だ。



許さんが知らせてきたのだが、

なんでも蓮沼の近くで、明け方に中国人が四人、日本兵に射殺されたとか。

一人の老人が、家の近くに自分の力車を隠しておき、

取りにいったときの出来事だという。

老人は射殺された。女の人が一人、それから親戚の男の人が二人、

助けようと駆けよったところ、同様に撃たれてしまった。


(中略)


行ってみると野原に男女三名の死体がころがっていた。三つともぴったりくっついている。

およそ十メートルほど離れたところに老人の死体があった。

竹竿に板をつけた間に合わせの担架がその間に放り出されていた。

女の人によばれ、結局は殺されてしまったふたりは、

これで老人を運ぶつもりだったのだ。またしても貧民が犠牲になった。

この老人は百姓で小さな畑をもっており、すでに畑を耕していた。

すぐそばに粘土でつくったみすぼらしい小屋があり、なかはからっぽだった。



殺された女の人は十ドルほど身につけていたはずだという。娘は言った。

「それが母の全財産でした」。

けれども見あたらなかった。ミルズも私も深くショックを受けた。

殺したうえ、持ち物まであらためるのか…。

あまりのことに涙も見せず、ただ繰り返しおじぎばかりしている娘に、

私は十ドル握らせた。これで、少なくとも金だけは戻る。

帰るまえに、妹のほうはそれぞれの遺骸に一握りの土をかけていた。



  二月八日

(前略)

それからローゼン、スマイス、シュペアリング、私、自治委員会のジミーの

五人で百子亭へいった。四つの死体は近くの小さな丘に葬られることになっており、

すでに筵 (むしろ) にくるまれていた。

ジミーは、近所の中国人を探し出して事情を聞いた。



それによると老人は自分の力車を取りに来たといっていたが、

実際は、椅子を二つ、藁 (わら) 小屋から自分の家へ運ぼうとしたのだという。

椅子はどこからか盗んできたのか、安く買ったかしたのだろう。

そしてそれを日本兵に見とがめられ、発砲されたのだという。

老人は重傷を負って倒れ、妻 (あるいは姉妹か?) が親戚の男を二人呼んで

駆けつけ、運ぼうとしたところ、そろって殺されてしまったのだ。



*   7日と8日とでは、証言が異なっている。

   こういう、いい加減な証言での訴えは、まともな国では、認められないだろう。

   力車でも椅子でもいいが、そんなものを運んでいる老人を

   何で日本兵が射殺しなければならないのか?

   そんな理由で殺していたら、

   市街地で露店を開いている者は全員射殺しなければならなくなる。

   言っている事の内容が不自然だという事になぜ気付かないのだろう?
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