満州再侵略への反撃から塘沽停戦協定へ
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/02/05 15:29 投稿番号: [1439 / 2250]
昭和7年7月17日午後1時ごろ、
満州熱河省の北票から遼寧省の錦州に向かう列車が
両省の境に近い南領〜朝陽寺間にさしかかった所、
一隊の武装兵が停車を命じ、乗っていた関東軍嘱託の石本権四郎を拉致しました。
犯人は匪賊的に行動している抗日義勇軍の一部です。
熱河省は満州の一部ですが、まだ関東軍の手はついていません。
満州を追われた張学良は、
4万の義勇軍を熱河に送り込み反満抗日の拠点にしていたのです。
そのため関東軍はこれをも一掃せざるを得なくなりました。
関東軍は昭和 8 年熱河作戦を行い、
結果、本来の満州の領域である熱河省の回収に成功しました。
この作戦では、最初、関東軍の武藤司令官は長城越えを禁じていました。
ところが、中国軍が南から熱河奪還作戦を行うものですから、
結局、長城の南にも行かざるを得なくなります。
その時、関東軍は、天津・北平
(北京)
に迫る勢いを見せます。
これは不都合だからやめさせなければなりません。
長城の北だけなら満州国の防衛と主張できますが、
南に行くと侵略とすり替えられ、防衛の主張が通らなくなります。
だから止めなければならないのです。
ところが現場が止まりません。というのは中国兵を南に追いやっても、
関東軍が引っ込むと、また戻って来るからです。
だから “もっと遠くへ” とやっている内に、こうなったわけです。
しかしこれでは際限がありません。
そこで “ 中国軍が二度と満州を侵略できないようにと
《 北京北方から密雲以東、長城線から約五〜六十キロの深さの河北省 》
を非武装地帯にする ” という
塘沽停戦協定を中国に結ばせて、関東軍は長城の北に引き揚げました。
(児島襄著
『日中戦争』
文春文庫
2巻287p〜3巻106p 要約)
これにて、満州事変は終了します。しかし中国側は納まりません。
つねに満州再侵略を試み、また中国国内で排日運動を激化させます。
つづく
これは メッセージ 1437 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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