国共内戦における中国の暴虐5
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/01/10 18:43 投稿番号: [1381 / 2250]
児島襄著
『日中戦争2』
文春文庫
45〜46p
《 結局は、 「革命闘争」
という名の掠奪に参加することになるが、
すでに市内の目につく建物は掠奪ずみである。
範囲は拡大され、この日、それまで手をつけなかった汽船会社も襲撃目標に加えられて、
英国汽船会社
『恰和洋行』
の倉庫がおそわれ、同社の繋船も焼かれた。
そして、翌日、七月三十一日には、湘江にうかぶ外国砲艦を攻撃し、
事態を一挙に急転させることに
・・・
女性記者A・スメドレーによれば、 「紅軍」
政治部はこの各国砲艦を
「中国人民を搾取する列強そのもの」
とみなし、
「帝国主義者と一戦をまじえねばならぬ」
と声明した。
なんとなく、長沙市内に襲撃対象が見当らなくなったので、
あえて新目標を設定したようでもある
47 p
砲艦
『小鷹』、つづいてイタリヤ砲艦が現場に近づくと、 「紅軍」
側は堤防に
「機関銃十挺ヲ備へ」
て射撃してきたので、こんどは日伊両艦も本格的に応戦・・・
50〜51p
午後九時、中国砲艦二隻は
「猛砲撃」
を開始し、長沙市街は炎上した。
八月五日午前三時、第三十一師、第十六師第四十八旅、
第十五師第四十五旅は二手にわかれて小舟、ボートで渡河をはじめ、
午前七時には長沙市北端に攻めこみ、市街戦となった。
「紅軍」
側は、すでに東方に脱出をはじめていた。記者スメドレーによれば
―
「数千の労働者農民を率いた紅軍は、補給品や奪いとった銃や弾薬、負傷者や
救い出されたが歩行のできない囚人を運びながら、長沙の街をひき払いつつあった。
ここにとどまり、敵のなかで革命的な工作を続行する任務を帯びた人々は、
腕や首にまきつけた赤い布をひきちぎって待機していた」
午前十時三十分、市街戦は終り、中央軍は長沙を奪回した。
・・・
これで、 「紅軍」
による
「長沙大暴動」
は終熄したわけだが、
長沙の街は、まさに暴動の跡にふさわしく、文字どおりに瓦礫
(がれき)
の
集積に変化していた。
長沙の日本資産についても、次のように報告されている。
▽掠奪および焼失
=
領事公館、領事館事務所及付属家屋、
▽全部掠奪
=
郊外領事館員宿舎、同仁医院、石井写真館、日豊洋行、
大石洋行、塩川洋行、一力亭、山本洋行、日本人小学校、陶山写真館、
▽一部掠奪
=
杏林堂、広貫堂、日清倉庫B、戴生昌、海軍宿舎、薄洋行。
「損害ハ七千万ドルヲ
下ラザルベク、同地ノ復興ニハ
少クトモ四ケ年ノ
日子ヲ
要スベシ」
とは英商社筋の被害見積りである》
つづく
これは メッセージ 1379 (kireigotowadame さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/1381.html