国共内戦における中国の暴虐3
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/01/08 15:08 投稿番号: [1377 / 2250]
児島襄著
『日中戦争2』
文春文庫
41〜42p
《 ビラには、そういったこんごの行動や政策を示唆する標語が書かれ、
署名者は次のようになっていた。
「紅軍第五軍農工革命委員会主席彭徳懐、常務委員訒乾元、
同李燦
(りさん)。 暴動委員会」
放火、掠奪はなおもつづき、市内に人影は少なかった。
糟谷領事は、聞知した情報にもとづき、この日の市街の状況を次のように報告している。
「朝来、 引続キ主ナル官署
其ノ他ノ焼払ヒヲ断行シ、
数個所ヨリ黒煙濠々
(もうもう)
トシテ天ニ沖
(ちゅう)
スル様
(さま)
物凄ク、民家ハ赤旗ヲ掲ゲ
普通商家ハ門戸ヲ開キタルモ、
通行人ハ労働者風ノ者ノミニテ、市内寂莫
(せきばく)
ヲ極ム」
学校、医院、商店は、ほぼしらみつぶしに掠奪の対象になり、
総商会は、献金による掠奪防止を考えた。
だが、 「紅軍」
側の要求は二百万元。総商会は必死の値下げ交渉で
「七十万元」
に
値切り、手付金
「四万元」
を支払って掠奪放火の中止を要請した。
だが、 「紅軍」
側の回答は、相変らずの 〝暴行〟 の継続と
「革命裁判」
の実施であった。
革命裁判所は、労働組合本部の中に開設され、
「労働組合連合」「豊民同盟」「紅軍」
の中から裁判官がえらばれた。
地主、商人、役人、国民党員など三百人が裁判され、うち三十五人が
「積極的反革命分子」
として処刑された、と記者スメドレーは、つたえる。
商人の罪状の多くは、食糧、商品を隠匿して
「紅軍」
の供出命令に
したがわなかったため、であった。
記者スメドレーによれば、ある地主は、
「眼鏡をかけている者、ロヒゲをはやしている者、長い着物をきている者は殺される」
というデマを流したので射殺された、という。
だが、実際には、この地主の発言は、デマとはいいきれなかった。
市内には、約三百人の
「黒殺隊」(暗殺隊)
なる一団がうろつき、
これはという
「反革命分子」
の 〝処理〟 を担任していたが、
対象になるのは地主が指摘する風姿の者が多かったからである。
つづく
これは メッセージ 1375 (kireigotowadame さん)への返信です.
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