1月15日 和平交渉打切り決定
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/01/08 15:02 投稿番号: [1376 / 2250]
児島襄著
『日中戦争4』
273 〜274p
《 政府側は、この二度目の休憩時間を利用して、多田中将の説得工作を推進した。
まず陸相秘書官山本茂一郎中佐、ついで陸軍省軍務局長町尻量基少将が、
参謀本部総務部長中島鉄蔵少将をたずね、このまま多田中将ががんばりつづければ
内閣は総辞職せざるを得ない、と指摘して、中将を説得するよう頼んだ。
中島少将は次長室にむかい、多田中将は、
第二部長本間雅晴少将、第二課長河辺大佐もまねいて、相談した。
河辺大佐は、中島少将にたいする陸軍省側のアプローチは、
政府側の 〝威嚇〟 ではないかと、うたがった。
ここで内閣総辞職となれば、強硬論をはいた政府が統帥部の消極論に
おしきられたことになる。そうなれば、国内世論は統帥部を批判するだろう。
辞職、辞職というのは、そうなってもいいのかとの意をこめて、
おどしているのではないのか。
「いや、そうではないらしいな」
参謀次長多田中将は、会議の次第を回想しつつ、渋い表情で語った。
「近衛 (首相) は本当に嫌になっているらしい。
なにかきっかけをつくって罷 (や) めたいらしい。
外務大臣は、やめることにきめた、と、いっていたなァ」
そりゃ、まずい、と中島少将が即応し、
結局、このさい政府と統帥部との対立がおおやけになるのは
「頗 (すこぶ) る不適当」 である、政府に一任する、との結論に達した。
この参謀本部の 〝屈服〟 または譲歩を得て、大本営政府連絡会議は、
午後七時三十分に三たび開催され、蒋介石政府との和平交渉打ち切りを議決した。
― だが、
参謀本部第二課戦争指導班の高嶋中佐、堀場少佐は、なおも
〝抵抗〟 をあきらめなかった。二人は、次長多田中将から譲歩した旨を聞くと、
統帥部が天皇に直属している憲法上の規定 (統帥権独立) を 「妙用」
すべきだ、と主張した。
参謀総長閑院宮と軍令部総長伏見宮から、本日の会議の決定に不同意である、
ただ内閣崩壊をさけるために政府に一任した、と天皇に上奏する。
そうすれば、天皇から政府にたいして再考をもとめられるか、
あるいは御前会議召集が指示されるであろう……。
― しかし、
この参謀本部の 〝巻き返し工作〟 は、効果を発揮しなかった。
次長多田中将は、高嶋中佐と堀場少佐の主張に同意して、
参謀総長の上奏文を作案させるとともに、軍令部次長古賀中将にも連絡し、
軍令部総長も同様の上奏をするよう、うちあわせた。
だが、午後九時四十分の首相上奏につづき、午後九時二十分に参謀総長閑院宮、
午後十時五分に軍令部総長伏見宮の上奏がおこなわれたが、
参謀本部が期待するような天皇の意見は表明されなかった。
参謀総長は予定どおりに政府決定に反対である旨を述べたが、軍令部総長は、
次長同士のうちあわせとは逆に、政府に同意する見解を上奏したからである。
参謀本部は、文字どおりに 「孤立無援」 の立場にたち、
それ以上の 〝抵抗〟 は断念せざるを得なかった。》
《 政府側は、この二度目の休憩時間を利用して、多田中将の説得工作を推進した。
まず陸相秘書官山本茂一郎中佐、ついで陸軍省軍務局長町尻量基少将が、
参謀本部総務部長中島鉄蔵少将をたずね、このまま多田中将ががんばりつづければ
内閣は総辞職せざるを得ない、と指摘して、中将を説得するよう頼んだ。
中島少将は次長室にむかい、多田中将は、
第二部長本間雅晴少将、第二課長河辺大佐もまねいて、相談した。
河辺大佐は、中島少将にたいする陸軍省側のアプローチは、
政府側の 〝威嚇〟 ではないかと、うたがった。
ここで内閣総辞職となれば、強硬論をはいた政府が統帥部の消極論に
おしきられたことになる。そうなれば、国内世論は統帥部を批判するだろう。
辞職、辞職というのは、そうなってもいいのかとの意をこめて、
おどしているのではないのか。
「いや、そうではないらしいな」
参謀次長多田中将は、会議の次第を回想しつつ、渋い表情で語った。
「近衛 (首相) は本当に嫌になっているらしい。
なにかきっかけをつくって罷 (や) めたいらしい。
外務大臣は、やめることにきめた、と、いっていたなァ」
そりゃ、まずい、と中島少将が即応し、
結局、このさい政府と統帥部との対立がおおやけになるのは
「頗 (すこぶ) る不適当」 である、政府に一任する、との結論に達した。
この参謀本部の 〝屈服〟 または譲歩を得て、大本営政府連絡会議は、
午後七時三十分に三たび開催され、蒋介石政府との和平交渉打ち切りを議決した。
― だが、
参謀本部第二課戦争指導班の高嶋中佐、堀場少佐は、なおも
〝抵抗〟 をあきらめなかった。二人は、次長多田中将から譲歩した旨を聞くと、
統帥部が天皇に直属している憲法上の規定 (統帥権独立) を 「妙用」
すべきだ、と主張した。
参謀総長閑院宮と軍令部総長伏見宮から、本日の会議の決定に不同意である、
ただ内閣崩壊をさけるために政府に一任した、と天皇に上奏する。
そうすれば、天皇から政府にたいして再考をもとめられるか、
あるいは御前会議召集が指示されるであろう……。
― しかし、
この参謀本部の 〝巻き返し工作〟 は、効果を発揮しなかった。
次長多田中将は、高嶋中佐と堀場少佐の主張に同意して、
参謀総長の上奏文を作案させるとともに、軍令部次長古賀中将にも連絡し、
軍令部総長も同様の上奏をするよう、うちあわせた。
だが、午後九時四十分の首相上奏につづき、午後九時二十分に参謀総長閑院宮、
午後十時五分に軍令部総長伏見宮の上奏がおこなわれたが、
参謀本部が期待するような天皇の意見は表明されなかった。
参謀総長は予定どおりに政府決定に反対である旨を述べたが、軍令部総長は、
次長同士のうちあわせとは逆に、政府に同意する見解を上奏したからである。
参謀本部は、文字どおりに 「孤立無援」 の立場にたち、
それ以上の 〝抵抗〟 は断念せざるを得なかった。》
これは メッセージ 1374 (kireigotowadame さん)への返信です.